確証はない。それを信じるしかない。

meetsall.exblog.jp
ブログトップ
2008年 12月 28日

いまさらながらのアメリカ日記

やっとひと段落。
9月20日~27日にアメリカに行ってきたので、その内容を今更ながら。

===

9月20日
出発である。飛行機を乗りついで、12時間かけてラスベガスへ。出発前から絶不調だった体は、さらに悪化する。気力で乗り継ぎの手続きを行っていたが、レンタカーを借りようとするときは、さすがにめまいがした。
それでも、空港からホテルまでは車で行かなくてはならないが、友人2人はビビッてか、運転しそうもない。よって、私の初海外初ドライブは、普段日本でもハンドルは握ることがないだろうコンディションのもと行われることになった。
それでも、ホテル群を見るとテンションはあがる。ストリップを北上、ベラジオ、ルクソールなどを横目にしながら、バリーズラスベガスへ。
着いたのが、夕方だった。ホテルの一室に3人、ベッドは2つ。疲れた体にダメージ。
とりあえず、予備のベットを手配したいところだが、英語がほぼできない我々は、とりあえず、晩御飯をたべて、無料アトラクションを見ようと外に出る。
後々まで1室3人、ベッド2つに我々は四苦八苦することになる。

夕食時なので、どこも満員。よって、先に無料アトラクションを見ようと、トレジャーアイランドというホテル前で海賊が大暴れするというアトラクションを見ることになった。アマゾネス風の女性たちの船が、男性海賊の船と戦うというアトラクション。それほど、見ごたえがないにもかかわらず、見ている人が結構いた。その後、ベラジオの噴水ショーを見る。音楽に合わせて、水が生き物のようにくねるくねる。光と水と音。単純だけどなぜか見入る。その後、ホテルに戻るもどこもバフェは混んでいる。なんとか、ちょっと高めのレストランに落ち着いて夕食。午後10時。その後、ホテルに戻り、ベッドのことなど気にとめず、(私が一つを占有させてもらった)泥のように眠る0時。

9月21日
7時起床。朝食は取らずにチェックアウトし出発。フリーウェイ515に乗る前に、近くのスーパーで食料を買い込む。1時間ほど走ると、別世界の荒野が広がる。ここも惑星の地表ということ実感させる。
途中で休憩入れながら、グランドキャニオンへ向かう。途中、フーバーダムという大きいダムがあり、そこは観光スポットになっている。検問もあったりする。ここで時差により1時間押すだろうと思っていたが、アリゾナはサマータイム制を導入していないので、時差なく通過する。
昼はセリグマンというところでいったんフリーウェイ44を降りて、マクドナルドでとる。フリーウェイの出口付近は、モーテルかファストフードしかない。給油も済ます。ここのスタンドは日本のクレジットカードが使えたので、問題なく給油できた。だいたい半分以下になったら給油するよう心掛けた。
また、フリーウェイに戻り、ひたすら東へ。ラスベガスから5時間ほどで、グランドキャニオンにつく。また、日は沈んでなかったので、マーサーポイントで車を停めて散策。柵のない部分についても、入ることができ、日本からのテレビクルーらしき連中が取材していた。毎年滑落者が出るというが無理もない気もした。ポイントをいくつか変えて、幻想的な夕日を見て、モーテルへ。
モーテルの1室はやはり2ベッドだった。グランドキャニオンによる前に、チェックインして、つたない英語でベッドをもうひとつ用意してほしいと言っておいたにもかかわらずである。
とりあえず、友人一人とフロントに向かい、またまたつたない英語で、何度か聞いてみるも、今度はベッドがない、すみませんという。うーん、なめられているのか。と友人らと部屋で憤慨していると、さらに憤慨したように見えるモーテルの職員がベッドを持ってきた。この日は私がその予備のベッドに寝ることになった。夕食をモーテルで摂る。(バフェで2千円程度)その席で朝日もグランドキャニオンで見に行こうということになったので、早めに切り上げて、10時に就寝。

9月22日
朝日がのぼる時間を逆算した結果、4時半におきて出発ということにした。マーサーポイントにつくと(キャニオンのある国立公園は24時間入ることができる)、もうすでに朝日を見ようとしている人が集まっていた。人種も様々である。
朝日をまって、谷を見つめるその姿は、なにか全人類が神の降臨を待ちわびているかのような姿である。
朝焼けは実に美しく、そしてなにより不思議だったのは、朝日によって、谷の全貌がフラットに見えて、なにかそのすべてが作り物であるかのように見えたことである。
モーテルに戻って朝食。バフェで暖かいものは有料となっている。(6ドル程度)。
モーテルを8時すぎに出る。これでも押している。なにせ、今日はサンタフェまでのロングドライブ(900キロ以上)にわたる。
フリーウェイに乗って、ひたすら東に向かう。
道中立ち寄るポイントの一つ、ミーティアクレーターに寄る。ここは、過去数万年前に隕石が落下し、巨大なクレータができたところで、見学スポットになっている。一見したところ、深さが170メートルほどあるように見えない。マヒしてきたか。それよりもこのクレータのある周辺の環境が、荒野にしてはやさしく感じて、風も冷たく独特に感じた。
ここで、給油しようとすると、クレジットカードが読まない。あれ?もうこうなっては店に直接いいにいってポンプを開放してもらうしかない。店の人にクレジットカードを預け、ポンプの場所にまで戻って給油する。クレジットカード預けるということに抵抗を覚えたが仕方ない。給油後さらに東へ進む。
次のポイントは、化石の森国立公園。樹木がそのまま石化して荒野に転がっているのである。国立公園自体はとても広く、まるで人為的に色をつけたような、赤、黒、水色様々な堆積物が荒野に広がっていてあきない。公園の途中まで進んだけど、時間の関係で引き返すことにした。なにもないそういった風景に立ち尽くしていると、風景から浴びせ掛けられるなにかで溶かされるような気分になる。ここはまた来てもいいなと思う。
ここまでですでに3時前。さらに東へ。夕食までにサンタフェにつくにはもはや寄り道の猶予はない。ニューメキシコ州に入ったとき、忘れかけていた時差が襲ってきた。そう、アリゾナはサマータイム制が導入されてないのでネバダと同時刻なのだが、ニューメキシコはそうでないため、1時間押すのである。フリーウェイ40でアルバカーキまでやってきて、その後、フリーウェイ25に乗り換える。(ここまででもまた給油した。当然のようにカードが読まないので、また店にクレジットカードをあずける羽目に。)アルバカーキは都会なので、かなりフリーウェイが入り組んでいる。ここでもう日が沈んでいたので、夜のフリーウェイを走ることになる。なんとか8時半ぐらいにサンタフェに到着。ホテルを探す。ホテルロレットに宿泊。かなりいいホテル。サンタフェは、最もアメリカらしくないアメリカで、ネイティブやラテンの流れを組んでいる。ホテルの調度品もそれらしいものが揃っている。ここでも、1室にベッドは2つ。おまけベッドはないとのことなので、誰がベッドを独占するかをあみだくじで決めた。その結果、私は友人とダブルベッドで寝る羽目になる。夕食は、ホテルのレストランで、かなり値ははるが、とてもおいしいところだった。印象的だったのは、ステーキを注文したのだが,焼き具合を聞かれ、「ミディアムレア」と答えたら、「すばらしい」(おまえよくわかってるな)みたいなことをいわれたことだ。
12時に就寝する。

9月23日
7時起床。サンタフェにもう一泊するものの、このホテルは高価すぎるので、ここでの1泊は不可とし、チェックアウトする。チェックアウト時にサービス料かなにかの名目で、10ドル請求された。なんでだ。
さて、車をなんとかしなければならないと思っていたが、町のいたるところに駐車場がある。ホテルも多いためか、ホテルの駐車場も利用できる。適当なところに停めて散策することにする。
アメリカ最古の家、oldest house をみて、次にサンミゲル教会を見る。観光案内所でマップと日本語の町案内のようなものをもらう。結構多くの言語に対応していた。(町には日本人らしき人がほとんどいないにもかかわらず)
私は、ジョージア・オキーフの美術館がまず、見たかったので、行ってみたら、エデュケーションセンターのみしかやっていないとのこと。ミュージアムショップは開いていたので、適当に見た後に、行ってみたが、なにがしかの映像が流れ,オキーフの写真や文書がある程度で特に見るものがない。道中に写真のギャラリーがあったので、のぞく。アンセル・アダムスがかなり取り扱われている。エルンスト・ハースなどもあった。その後、友人たちとは別行動とし、14時にもう一度駐車場に集合とした。
友人へのおみやげを物色した後、ひたすらギャラリーを見つけては入る。サンタフェはギャラリーが多い。ただし、アーティストが表現する場として出なく、アーティストの作品を幅広く集めて、それに値段をつけて売るという商業ギャラリーが多かった。
友人はキャニオンロードに行ったようだが,サンタフェのダウンタウンからは結構歩くようだったのであきらめることにした。
14時に全員が集まって、その後、車で100キロほど北西に離れたところにあるゴーストランチへ行く。
オキーフが好んで住み着いたとされるその地区は、荒野のようなものは存在するものの、公園なのかトレッキングのスタート地点なのかわからないものだった。思ったより面白くなかったが、小高い丘に昇ったときの荒野の見晴らしはなかなかいいものだった。
大地がこちらをゆさぶりかけてくるような感じがあったので、写真をよく撮ったように思う。
サンタフェのダウンタウンに戻り、ブルーコーンカフェでタコスの定食を食べたのち、ダウンタウンはずれのモーテル(ラ・キンタ・サンタフェ)で宿泊する。
フロントには結構長身の老人がいて、おまけベットについて、交渉。ここまでくればなれたもんである。ベットを確保した後、11時に就寝

9月24日
6時半起床。帰りの飛行機がラスベガス発なので、ここから最低でもフラッグスタッフあたりまで戻らないとならない。
今日の宿泊地はセドナとし、セドナを散策すると決めたので、モーテルで朝食を取ったのち、(たいていのモーテルは朝食がセットになっている。ただし、内容はあまり期待できたものでないが)急いで出発。今度は西にずっと進まなければならない。アルバカーキでいったんフリーウェイを降りて、給油に向かう。ここでもクレジットカードは読まない。カードを機械に出し入れしていると、ガソリンスタンドのスピーカからかなりの勢いで怒鳴られる。きっと不信なガイコクジンが機械をいじってなにかしようとしていると思ったのだろう。
給油後、ひたすら走る。寄り道はしてられない。14時にはセドナに着いて、いろいろ見たい。しかし、現段階で9時前。かなり厳しい。
フラッグスタッフから南下し、山間の道を抜けること1時間でセドナにつく。ヒーリングスポットとして名高く、最近観光客が多いらしい。
適当なモーテルを見つけ、チェックイン。今日ぐらいは2部屋取ることにした。その後、レッド・ロック・クロッシングへ向かい散策。大地が赤茶けた岩のようになっており、向こうに聳え立つ山々がまるで西部劇に出てくるもののように荒々しい。
小川があり、そこで家族と犬が水浴びしている。ボルテックスという癒しの元とされるもの(磁場かなにか)が発せられているらしいが別に体に対する効能がない。エアポートメサという小高い岩山から、夕焼けを見ようとするも、険しいにもかかわらず、駐車場がいっぱいで断念。夕食を摂ることにした。どこだか忘れたがファミレスのようなところで、また、ステーキを頼む。焼き具合はミディアムレアで。よく笑う中年女性の店員に「ファンタスティック」と言われる。ブームなのか、ミディアムレア。
夕食後、ホテルに戻り、明日のプランを練る。連れの一人が、どうしてもラスベガスのアウトレットモールで買い物したいというので、朝食後、エアポートメサによった後、すぐにラスベガスに向かう予定とした。11時就寝。

9月25日
6時半起床。モーテルで朝食を摂ったのち、エアポートメサに寄る。ただの小高い岩山だと思っていたが、その頂上なセドナ全体を見渡せるぐらい見晴らしがよい。爽快である。風が心地よい。
隣の山でトレッキングしている人が見える。まるで作り物のように思われる。岩山に寝そべることができる。
そんな心地よさも名残惜しいままに、9時過ぎにはラスベガスに向けて出発する。このタイミングでなければ、ラスベガスに戻ってゆっくり買い物できないらしい。休憩を入れながら、フラッグスタッフを経由して西へ向かう。昼食は行きと奇しくも同じく、セリグマンでマクドナルドを食べる。その後も、ひたすら西へ。フーバーダムを、行きはゆっくり見られなかったからという理由で見学し、あとは移動に費やすことになる。9月下旬だというのに日中は挿すように日差しがきつい。車のなかでも日焼けしそうで、私は帽子をよくかぶっていた。
午後2時半にラスベガスに着く。レンタカーの返却場所をホテルとしていたのだが、「return」と書いている場所がある限りで、だれがいるわけでもなく、よくわからない。とりあえず、その場所に停めて、荷物を引き払って、ホテルのカウンターへ向かう。契約書に日時を印字してもらって、キーを返却しただけで手続きが終わる。「OK」というのでたぶんそうだろう。一抹の不安が残りつつも、チェックイン。最後の部屋もこれまでと同様に2つベッドであって、チェックイン時に確認したら、必要なときに、また連絡くれとのこと。部屋の戻った後、すぐに連絡してみる。ぜんぜん言葉がわからない。といってもなんとかなるもので、言いたいことはいい、聞きたいことは聞いた。すぐにもうひとつベッド持ってきてもらう。タクシーでアウトレットモールへ。とくに買いたいものがあるわけでもないので、買い物しないというもう一人の連れと一緒に徘徊する。靴などはデザインもいいし、確かに安い。みやげを買った後、時間が少し余ったので、服も買ってしまう。モールのなかにある和食のバフェで最後の夕食を済ます。そこは、日本人(日系?)の方が多かったし、味も日本人好みだったので、まあ、おいしく食べれた。
ホテルに戻ったあと、カジノ。驚くほどはやく金がなくなる。外をフラフラ散歩した後、明日は出発が早いので、早めに就寝する。

9月26日
最終日、午前4時半に起き、すぐさまチェックアウトしようと思っていたら、フロントに行列。チェックイン時は仕方ないとしても、こんな時間でも並ぶのか。タクシーをつかまえ、マッカラン国際空港へ。午前5時というのに、チェックインのカウンターには大勢の人。電子カウンターによるチェックインでなかったどうなっていたことか。無事済ませ、空港のスタバで一息つく。
ラスからサンフランシスコへ。出国の際に、パスポートに付けられた出入国シートの半券を渡す必要があるのだが、どこで渡したらいいかわからない。セキュリティも抜けていよいよわからないとなったとき、次の航空機の乗車のときに渡すことが判明した。些細なことだが、こういうことがよくわからない。そうそう。その次の乗り継ぎのときのチケット(ボーディングパスでない何か)についても、座席指定されたチケットをもらうには、またそのカウンターで名前を呼んでもらってもらうことがそのとき判明した。
なんとか乗り継ぎを済ませる。帰国へ。
[PR]

by stoneroses8010 | 2008-12-28 00:36 | その他


<< 野口里佳さんのレクチャ イメー...      彼岸の芸術 >>