2009年 02月 01日

ありがとう、ドアノー

先日、暗室で焼いていたら、とあることに気づいた。
一枚一枚はじっと見入るほど面白いのに、まとめようとすると、とたんに面白くなくなる。
これってどういうこと?
編集の大切さはもちろんのことながら、なにかズレてるような。

試行錯誤して、3点ほど課題をもって改良していこうと思いながら、
えき美術館KYOTOでやっている「パリ・ドアノー」を見る。
ドアノーに関しては、ただ息抜きで見ようと思っていたのだけど、
内気なせいもあって人に踏み込めない分、背景に情報を込める方法とか、
見せるときのスケール感の統一方法など、染み入るものがあって、
タメになった。

最近、自分の最終地点をよく考える。
そりゃ、限界定めずいけるとこまでいくぜ!という「かっくいー」こと言えれば
いいけど、やはりある程度のポイントはそろそろ見とかないと。
時間は限られているわけで、とりあえず、それに対して自分がどういった
手札を持っていて、なにを持っていて何が足りないのか。
足りないものをどうやって集めるのか、交換するのかなど考えとく必要はある。
そう考えるとき、先がぼやける。
ぼやけるというよりもある程度絞られるのだが、
それらが相入れないものであって、どちらかを切り捨てることを強いられてきそう
な不安があって迷う。
とりあえず、頭だけでなく、行動。なんとか現場を知る方法がないものか。
[PR]

by stoneroses8010 | 2009-02-01 22:16 | 我思ふ


<< 光のフィールドノート       さて、大山崎 >>