確証はない。それを信じるしかない。

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2006年 04月 09日

目的は一つでも手段は無限

土曜日、発熱。

外出の予定を変更する。来週から院の授業も始まるので、いくつか買っておきたい書籍もあったのだが断念。
安静にしていなければならないほどでもなかったので、友人の結婚式二次会案内状のデザインの続きをする。
二次会といっても1.5次会という位置づけで、結構きっちりとした場所と内容になりつつあったので、ある程度ハメはずさない程度のデザインとなる。綺麗な仕上がりだがおもしろくない。
横尾忠則が「作りたかったのはキレイなものではなく、強いもの。強いものこそ美だという考え。最初から美しいものをつくろうと思うと、花鳥風月的になって面白みがない」とある雑誌で語っていたのを思い出す。
「強さこそ美」

本日。
天気もよかったので、コンパクトカメラを持って自宅周辺を歩く。(6×7は置いておく)
無責任に撮る感覚が新鮮。
近くの公園で花見をやっている。
花見客は老人~子どもまで年齢層が幅広い。
桜に対する各年齢層の受け止め方の温度差が微妙に見えて面白い。

彩都メディア図書館へ。
気になる様々な写真集を見る。見るというよりも今日は写真に触れておきたかった気分。

以下はランダムな覚え書き。

〈佐内正史〉
以前見たときより、構図や主題が明確になっているように映る。エグルストンっぽさ。
細かい質感描写でリアリティを失わせる。日常の非日常。
「生きている」が一番面白い。

〈北島敬三〉
 「AD1991」建物と人物のポートレート
国別、時間別のスナップ。人物写真はバストアップで下からあおる様なアングル。人物写真は断って撮影しているとは思えない。
時間の区切りが時代性の記録。
収集により、見ているものに提示するスタイル。テーマ性の強い他者性を見込んだ作品

〈土田ヒロミ〉「俗神」
日本の地域のスナップ。習俗に触れる人々の生き様。
土田本人が、アートインレジデンスでその地域の滞在した時に、生み出した写真というサイトスペシフィックな雰囲気。医者が往診でその地域の患者を診ているような感じ。

〈アンドレアス・グルスキー〉1994~1998
テーマ性は地域やその時を主とするものでなく、イデオロギーに対するものである。それは資本主義。
直線を意識した造形は従であり、資本主義というテーマ性がマクロ的であれば、造形はミクロ的な位置づけ。造形の強さが面白い。

中島教「アンタイトルド・ランドスケープ」
テーマ性が薄い。陰影、質感による描写に力点有り。都会がモチーフであるも、その特定は不可能。造形的であり、シュルレアリズムの名残を感じる。
あとがきに
「確固とした存在と信じていた壁がすべて崩壊した後にあるおびただしい言葉の残骸」
「この亀裂と崩壊の響音の中で呪文のように意味ありげに撮った写真」とあり。
言葉、造形の意味の壁が崩れ落ちる時のスナップ

野口理佳 「予感」
テーマ性が強い。なにかが起こりうる予感。できあがりそうな予感の記録。その予感は主観でありながらも、引きのビジュアルで淡々と記録する。

ジャック・ピアソン 「the lonely life」
ブレ・ボケ・アレのカラー写真。テーマも不可解。場所も不明。ポートレートに風景。全体的にポスター集のような雰囲気。人のスナップさえもポスター。
フィクション。そう、「~って感じ」「~って見える」を広告として告知しているような。
瞬間系。

高橋恭司「the mad broom of life」
地域は世界各国でありながらも、その地域色を出した記録ではない。テーマとして「生命の残骸、ノスタルジック」を感じる。
「私」=撮影する主体でなく、主体は作者以外の第3者が演じているような気分。
主体を誤魔化す。

柴田俊夫「日本典型」
被写体は日本各地の造形的な人工物、自然。繰り返される記号。

金村修「I can tell」の文章はかなり哲学的だが読み応えあり。購入検討。

真正面撮影は一つの方法だが、弱い。
時間、光の意識、主体のごまかし。テーマ性は事の発端で、手段は偶発性で千差万別。
最初の思考を写真的な実践で否定する、もしくはブラッシュアップする。
そういえばティルマンスは「(興味あるものを追及した後に、)それを作品として落とし込むというのは、意味を成しているかどうかではなく、その興味をいじっていくことで見えてくるもの」という。

言葉や必然による出会いなどありえない。
何を捉えていくことが、表現となりうるのか。(時間、地域、質、色、動、静、イデオロギー)
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by stoneroses8010 | 2006-04-09 21:38 | 我思ふ


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