2007年 11月 20日

レクチャ(金村さん)

写真のクラスで金村修さんのレクチャがあったので、参加。

10月にお知り合いの方のギャラリーのオープニングでもパーティとかで一緒で、その語り口になかなか面白みを感じていたのだが、ここではさらに爆発といった感じで楽しめた。
終始冗談めいたこととか切れ味鋭い批評とか、自分で問題提起してそれを自分なりの回答を踏まえつつまとめるという漫談にも似たようだが、話の内容はクリアである。
以下は、内容の雑記
○(以前、どこかのWebのインタビューにもあったように、)写真には全然わかってくれない人にわからせようとすることが肝心であり、身内やら友人やらを前提にしても意味はない
○ある程度決め事はする。それも「~はしない」っていうような。自由というのは手に余る。制約することで生まれるものもある。
(昔、学校で猫なんか撮ったら、謝るまで2時間ぐらいしかられた。今は撮っても何も言われない。いい世の中ですよね。とチクリ)
○僕の撮っているものを同じことの繰り返しという人がいる。しかし、繰り返しと反復は違う。反復は前進もしないけど、後退もしない。よってゴールに向かわないし定めない。ステップアップって必要なことですかね?ゴールって終わっちゃうことでしょ。目標を定め、コンセプトしっかりして、その通り進めてってわかるけど、それじゃそれだけになってしまう。効率にやることがいいわけじゃない。

○(写真を膨大に撮って失敗することについて)、僕なんかかなり非効率。けど失敗する写真を出して言ってもいい。商業カメラマンとかはそれが許されないけど、そうじゃないし。
○好きなものを撮っているかといえばそうじゃない。嫌悪するもの、違和感を持つものを撮ることで、一体化せず距離感が持てる。

などなど、終始、同意と思わせる意見続出で、全然飽きなかった。ここでは書きたくても書けないが、in-betweenのこぼれ話とか、某作家の話(勝ち組論、お金)、ありゃなんの影響もないんじゃないのという作家の話とか、もうスゴかった。

後半は、2人ほど作品を公開評論する機会があり、私のクラスメートも選ばれていた。けっこうシビアにいうも的確で、全体的な世界観の作り方がカギなんだなと再確認した。
(それも、いたずらのような悪意的であったり、一枚一枚で見せるだけでなく全体で語るような何か)

その後は金村さんも一緒に飲む。昨日は表参道のギャラリー展示のパーティで二日酔いと言っていたのに、さらに飲む。レクチャでは虚弱だとか、写真家はマッチョだが、僕はそうじゃないとか言っていたけど、タフなんだなぁと思う。

そのパーティで土曜に個展を観に行った友人と会い、終始話す。ちょっと、自分のタイミングじゃなく戸惑ったとのこと。いろいろあるんですねぇ、
お知り合いのギャラリストの方から早く写真見せろとせっつかれる。
自分のタイミングでポートフォリオを創っているけど、なんだかそうも言ってられなくなってきた。講師の人には、12月に飯沢さん来てくれるから、見せれるようにしといてと軽く言われるし。んー、無理かも~。
[PR]

by stoneroses8010 | 2007-11-20 00:33 | photo


<< space for your ...      シャガール キュレーター 個展 >>