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2007年 08月 31日
最終日。もう出発しかすることがない。早めに起床して、ホテルの近くを散歩するというささやかな抵抗だけしておく。 テーゲルの空港でTシャツとベルリンの壁のかけら、ドイツビールという一般観光客らしい買い物をしておく。 預け入れ荷物が約28キロだった。8キロオーバーなのだが、友人が10キロしかもってきてなかったので、相殺してもらう。助かった。 アムステルダム経由で日本へ。長期間のフライトもかなり慣れてきた。 9月1日の午前に日本に着く。 とりあえず、2年後はベネチア・ビエンナーレを観る予定。欧州はどの都市も、移動含めると1週間では到底満足できるものではないので、なんとかして2週間は確保しないと。そうすれば、バーゼル、パリ経由も夢じゃない。 となると来年は1週間ロンドンでガマンしておくべきか。 妄想は続く。 2007年 08月 30日
7時半前に起床。 今日はベルリンに戻る前に、最低2会場は観ておきたい。早めにチェックアウトしたものの、会場のあるSchloss wilhelmsho:heへのバスがなかなか来ない。30分ぐらい途方もなくブラブラした後、9時半過ぎのバスに乗って、現地へ向かう。 ここは、山の中腹あたりに位置し、外観がお城のような美術館である。さらに頂上のほうには、お城と工事中のヘラクレス像がある。Schloss wilhelmsho:heには、そこで常置されている絵画や展示物とともにdocumentaの作品が無造作に並べられてるため、どれがそうなのかわかりづらかった。以前滋賀県立美術館で観たような、常設物とのダイアローグが狙いとしてあるんだろうか。 Yan Lei 90×120程度の写真。モノクロのようであるが緑に着色されている。写っているのは、激しい光が照りつけ、輪郭やディテールがにじんでしまったような木や建物、その写真の上には、同サイズで光と闇を思わせる抽象的な写真が並ぶ。意味付けなどはよくわからないが、にじみをうまく使った写真が最近好きで、作品として成立させる上で少し参考になった。 ざーっと見回したあと、バス、市電乗り継いで、Kulturzentrum Schlachthofへ向かう。ここは、これまでの会場のようなギャラリーやら美術館とは異なり、何か別の用途で使われていた(あるいは、使われている)古い、倉庫(もしくは古びたオフィス)のような施設だった。そこに映像2作品。Documentaには、膨大な作品に合わせて、それらをガードするボランティア(?)がおり、どのコも若い。当然そこにもガードはいるのだが、たった一人。しかもあまり人が来ないためか暇らしく、妙にフレンドリーだった。 しかし、ここの映像侮るなかれ。地下室にあるArtur Zmijewskiの映像。これはかなり秀逸だった。 内容は、若い男女、婦人会のようなグループ、ポーランド系白人らがまず4つのグループとなって、それぞれの主張(?)なりテーマを2メートル四方の絵にする。その絵は、後日Tシャツとなってグループに渡される。 4つのグループとその絵は、一つの部屋に集められ、ミーティングを始める。ミーティングは、他のグループの主張する絵を観て、自分たちのグループが思う主張をのべ、それに書き加えたり、消したり、引き裂いたり、時には燃やしたりして、その主張を相手の絵にビジュアル化していく。4回のミーティングが行われ、そのプロセスをドキュメントする。最初は、互いの絵を観て、全うを思える意見を述べて、書き加えたり、消したり、破ったりするのだが、最後になるにつれて、「剣は殺人を思わせる」とか、よくわからん意見で、絵を燃やすわ、互いのTシャツをはさみでやぶりあうわ、最後は消化器で消して回らないと収集着かなくなってきて終わる。 こういう作品って映像独自のものなんだろうなと思う。結果までの細やかな意見や感情の流れ、動きなどの時間を積み重ね追っていく。 Museum Fridericianumに戻って、ブックショップでdocumentaのガイドブックとグルスキーの写真集を買う。それを入れるエコバックみたいなものも買う。近くの買い物に使えそう。 14時41分発(実際には10分遅れた)のICEに乗って、ベルリンに戻る。指定席取ったけど、当然のように白人男性が座っている。どいてもらったが、もうヨーロッパの列車旅行のときは、指定席の予約はいらないじゃないかと思う。切符も帰りは検査されなかったし。 ベルリンには定刻通り着いた。その後、Sバーン(市電)を乗り継いで、Neue Galerie(新ナショナルギャラリー)に向かう。ここでは、メトロポリタンから借りてきたものとNeueのコレクションを合わせた19世紀フランス美術展をやっていた。ドラクロワ、クールベ、印象派はもちろんルドンやボナールあたりまでをフォロー。展覧会自体がものすごいスケールだ。あー、外れが全くない。コローの銀灰色の人物、風景が多く観れたのがよかった。コローのあのグレートーンは、水墨画を思わせる。そのなかにポツンと人物やら建物を彩色で配置する。コローはコンスタンブルと似たようなところがあって、当時の画家としてはあまり出かけないほうだった。コンスタンブルはそれでも楽しげに周りの風景を描いていたのだけど、コローはどことなく寂しげであるが、圧倒的に世界が深い。そういや、モローがなかったな。 ここで、一昨日出会った人とまた合う。お互い「あ」と指差し合って。 彼もここまで旅行してきたが、2回も出会ったのは、初めてだとのこと。もう偶然じゃないということで、住所までやりとりして、手紙を絶対書きますと言ってくれる。その後は、アムステルダム、アントワープ、バルセロナに向かい、パリ経由でロンドンに最後は向かうそうだ。 アムステルダムは、アーティストがいま集積しつつあるエリアであり、美術館、ギャラリーも多数あり、活気づいているから今後観ておいたほうがいいとアドバイスをもらう。 その後、友人たちと待ち合わせして、ソニーセンターのビアガーデンみたいなところで、明日のことを気にせずに飲む。友人たちは、ドレスデン、ポツダムを見て回ったらしい。途中ドレスデンで、「あいのり」のロケと出くわしたそうだ。作り込んでいるとはいえ、レストランで日本人の観光客が引くぐらいわめきちらしていたそうだ。恥だな。 夕方から小雨だった雨が本降りとなったので、トラムの乗り場まで、タクシーを使う。車種はメルセデスベンツ。メータが260キロまである。 酔いが回りながらも、明日の準備をして1時過ぎに就寝。 2007年 08月 29日
6時半起床。 今日から2日かけて、カッセルでやっているドクメンタを見に行く。(友人とは別行動) ベルリン中央駅に向かう。ベルリン中央駅は、ワールドカップに間に合わせるために作ったドイツ鉄道、市電が乗り入れる中心となる駅で、ガラス張りで光の入り具合がよい今回の旅行のお気に入りの場所。そこからICEに乗り、カッセルのヴィルヘルムスヘーエ駅まで、所要2時間半の列車移動。指定席にもかかわらず、私の席には、すでに人が座っていたのでどいてもらう。どうもヨーロッパは指定席にも関わらず、空いていれば、だれかが言ってこない限り座ってもいいようで、どうみてもチケットを持っていない人まで指定席でふんぞり返っていた。おまけに、ケータイならすわ、また、掛かってきた電話取って話するわ、子ども走り回るわとなんでもありだった。車窓は、ベルリンからヴォルフスブルグまでがだだっ広い北海道のような草原が続き、風車が所々で回っていた。 12時15分にカッセルに到着。 さて、どうしようか。ヴィルヘルムスヘーエの観光案内所でドクメンタ2日券を購入。そこからトラム(チンチン電車)に乗り、東へ15分。トラムは子どもがやたら多い。ベルリンの壁でもそうだったけど、修学旅行のシーズンなのか、現地の学生っぽい観光客が目立つ。 ドクメンタの会場は、カッセルだけでも、7カ所にのぼる。スペインにもサテライトがある。 まず、4つの会場が集まるMuseum Fridericianum方面へ。クロークに荷物を預け、会場へ。写真撮影は可能。 とにかく、会場の広さに負けることなく、出展作家が多い。が、そのほとんどが私はわからない。ゲルハルト・リヒター、葛飾北斎、田中敦子ぐらい。 また、コンセプチュアルなものも目立った。解説もあるのだが、コトバがよくわからないので、読み解くのに時間を取っているわけにも行かず、どんどん見ていく。 ○Museum Fridericianum Trisha Brown トランポリン台の枠組みに縄を碁盤の目のように張り巡らせ、目のマスに、服、ズボンなどをくくりつける。時間になると3人の若い女性のパフォーマが下着のような格好で現れ、その台に乗り、くくりつけられた服を来だそうとする。その身体の行動が制限させられることによってのみ見せられるフォルムの面白さ。服からいろいろなトルソが飛び出ているかのよう。 Harun Farocki ワールドカップ決勝、フランス対イタリアを様々な角度から9つのスクリーンで同時に映す。 映すといっても、選手一人一人や全体図じゃなく、エメ・ジャメと彼のアタマのなかを想起させる戦略図、アンリのポリゴン、選手それぞれをパラメータ化したグラフ、解説席とカットしてくる素材に違いがある。見ていて飽きない。一つの試合がみせるそれぞれの同時性。 Hiro Steyerl 日本の緊縛のドキュメンタリ。一人の女の子がインタビューを受けながら、緊縛までのプロセスを作者がインスパイアされたと思われるスパイダーマンのアニメとともにながす。高齢の方にご好評のようで、なぜか皆笑ってみていた。私も先ほどの身体の不自由さから見いだすというわけじゃないけど、ただ単純に格好いいなぁと思った。むろん色っぽさと不可分である。 色っぽさを、エロを誇張したものでなく、なんというかスパイスのように押さえながらもにじみ出るように、下地のように敷いておく。 Luis Jacob 自分で撮ったと思しき写真とレディメイドの写真を併置する。方法は、40×30の透明のアクリルかビニールのようなもののなかに、2〜4枚の視覚的に同集合を作者が思える写真を並べる。それが30〜40パターンある。 それがわかりにくくもあり、わかりやすい。なのに妙に納得してしまい、笑えるものである。 例えば、手の中指を黒く塗ったものと、モノクロの岩石の積み重ね、アザラシというような組み合わせ。 もう写真は自分で撮ることを前提に始まるものでもないのかもね。(沢田知子がすでにやってるけど。ブックショップで写真集があった。買っておけばよかったなぁ) 昼食に屋台でカリーヴルストを食べた後、次の会場のdocumenta-halleへ。 ここでは、キリンの剥製やら、たこのぬいぐるみ(?)やら、どうやっているのだろうかすべてが真っ赤に見える部屋などあった。それなりに意味はあるんだろうけど、文字が読めないのでよくわからん。 ○次の会場のAue-pavillonへ。 Dmitri Gutov 文字をジャンク品で形作る。フレームを形作り、そのなかに、西洋東洋問わず、手紙のような文字、書道で見られる文字がディスプレイされる。それが、窓の外の光を背景にして浮かび上がる。 Lili dujorie 400×100ほどの紙に、タバコ、男性の腕のようなものなど4点の写真(大きさは、どれも20cm四方に収まるようなもの)を規則性なく貼付けてある。(いや、紙自体が印画紙でそれにプリントされていたのか)。これを見て、昔デザイン関係の本で、ビジュアルイメージを膨らませるときに、こういった断片をつなぐ作業が紹介されてたことを思い出した。 Lu hou 天安門広場のような歴史的な場所性をもつものから現代的なビルまでを、日本でいう絵巻のような形態で、淡彩でパノラミックにみせる。建物の上に存在する空を広めにとって、そこに、意味ありげに落款なんかをぼつぼつ押す。 現代的なモチーフにオリエンタリズムの形態で表現する。そういうのが作品として成立するんだなと率直に思った。 あと、monika baerのペイントなんかもなかなか。 屋外には、田中敦子の緑の芝生のなかに、ピンクの正方形のマット(?)を配置するものがあった。その周辺の芝生に休憩のため、皆が寝転んでいる構図もなんだか滑稽。 Ai Weiweiの窓枠、扉によって再構築されたインスタレーションも見れた。既報どおり、崩れたままだった。 ○さらに、4つ目の会場 Neue Galerieに向かう。今思い出しても、ここが一番印象に残る作品が多かったように思う。 Olga Neuwirth 映像。五線譜の上に音符を書いていく作業を映像化したものである。が、コトはそう単純なものじゃない。書く物質は、磨りガラスであり、我々は、書き手の反対側からその音符が書かれる作業を覗き込む形になる。書き手は、読み手にわかるように書くために、音符等を反対に書かなければならない。そういう作業のプロセスが流れる。躊躇と縁遠く、止まることのないその作譜はスペースに流れる音ともに見ているものに緊張感を強いらせ、目線を離すことを許さない。 Sakarin krue-on 二階まで続く階段の壁に海の生き物を想起させる模様を描き、その階段のスペースに差し込む光を水色に加工する。水のなかの漂いを思わせる。 Mary Kelly 光をテーマにした展示物複数。まず、モノクロ3枚。巨大なライトパネル(トーマス・ルフがやるような)で加工した展示。人物が5人ほど正面を向いて立ち、花火のようなものを振り回した軌跡を長時間露光して写す。佐藤時啓さんの写真を思い出す。 もう一つは、黒い大きさの異なるパネルを横一列に並べる。各パネルの下部には文字がくりぬかれており、それが、パネルを横断して文章となり続く。後ろから、光を投射することで、黒字にくりぬかれた文字が朱色の壁をバックにして浮かび上がるというもの。 そして、展示スペースの中央には、これまた文字が書かれた家。家の素材は、屋根、壁ともに磨りガラス(?)でその上に文字を書き連ねる。家の内側から光を投射して、家全体が光に包まれ、文字に意味を与える。これが読めたらもっと解釈の幅が広がったろうに。 Alina szapoccznikow モノクロの写真。コンクリートになすり付けられたガムの写真群。ただ、そのガムは様々な形状を見せ、まるで生き物のよう。何か一つのものの形状をマニアックに突き詰めるとこうなる一つの例。形状の視覚にこだわった作品。 一つの視点を見いだし、それを徹底的にこねくり回す。 Museum Fridericianum documenta-halle Aue-Pavillon Neue Galerieと4つの会場を回ったところで、すでに19時を回っている。だが日が高く、あと1時間程度で日が落ちるとは思わせない。会場近くのレストランで食事。景色がよく見えるところを選ぶ。当然ビールをオーダ。いろんなアーツを観た後、日が高いうちにビールを飲みながら、中世の田園を思わせるような見晴らしのいい景色を堪能しゆったりした時間を過ごす。至福の時でした。 その後ホテルに戻り、適当にホテル周辺をブラブラ歩く。 23時就寝 2007年 08月 28日
ベルリンを歩く。 同行した友人2人とは別行動。(出発前からすべて別になると言っておいた。) まずは、市内中心部向かい、Sバーンのポツダマープラッツで降りて、ベルリンの壁の東と西を撮り分け、または跨ぎながらチェックポイント・チャーリー(かつての壁付近にあった国境の検問所。観光地となっており、軍服でコスプレした美女がアメリカ国旗を持って立っているおかしな場所)まで歩く。 土田ヒロミの「ベルリンウォール」みたいだぞ。もう壁崩壊から20年近く経とうとしているので、そう明確な差があるわけでもないように思える。 途中、通りがかったマーティン・グロピウス美術館で「シンディ・シャーマン展」をやっていることに気づいた。かなり惹かれるものがあったが、スルーする。 チェックポイント・チャーリー付近は、実はいうとギャラリーが多い。事前にリサーチしていた場所に入る(アルント+パートナーとか)が、半分は、やってないやらで入ることを断られた。見たところも、そう期待したほどではなかった。あー、これならシンディー・シャーマン見ておけばよかったかもー。 スタバ(なぜか海外でも見つけて入る)で休憩してから、ツォー駅に向かう 。ツォーのインビスでカリーヴルストを昼食として取る。そして、情報未収集でかつ、現地の地図を見て気づいた「写真美術館」なるものに入る。そこでは「ヘルムート・ニュートン」の大回顧展らしきことをやっていた。作品だけでなく、部屋の再現や愛用の服やら車やら、その他諸々。コレクションがとにかくマニアック! 併設されている本屋で、いろいろ物色。名前を全く知らない作家の写真集を2冊買った。一つは、富士山を様々なアプローチで移しているもの。野球していたり、温泉入ったり、農業したりと、富士山周辺の人の有り様、周辺を写す。かならずどこかに富士山が映っている。富士山を中心とした環境が、曝け出される。何回繰り返してみても飽きない。 もうひとつは、雰囲気で買ったもの。コトバにはし難い。「あ、これこれ」っていう感覚で即購入。合計47ユーロ。 その後、ハッケッシャー・マーケットに向かう。 ミッテと呼ばれる地区にあり、ここもギャラリーが多い。ホーフと呼ばれる中庭を持つ、衣服や靴などのセレクトショップが集まった建物(複数形はヘーフェ)がいくつもあり、ブラブラするだけでも楽しい。ここで出発前に日本で事前に情報収集しギャラリーの所在地を落とし込んだ地図をどこかで落としたことに気づく。もうぶつかったところを見ていくしかないと思い、偶然フラフラ入り込んだ「LUMAS」とあるギャラリー(?)に結構アンテナにひっかかるものが多く、楽しい。写真が多く、それぞれが作品として展示してあるというよりも、値札がつけてあり、完全に商業ギャラリーという雰囲気。そのせいか、テーマの重要さというよりも視覚的に訴えかけるものが多い。キレイにまとまっているという見方もあるんだろうけど、なんというか、一つの世界の認識に仕方があって、それをよりわかりやすく視覚化から入って、あとでボディーブローのように、テーマをにじませる方法をとる上では、参考になるなと思った。コンセプチュアルにやっても、見た感じ全くつまらなかったら、伝わらんし。ここは収穫だったな。 どこか他ないかなぁとフラフラしていると、「where do you come from?」と突然つたない英語で声かけられる。その男性は、見るからに日本人だったので、「日本からですよ」と答えて挙げる。いろいろ話すると、その人もギャラリーを巡っているそうで、ミッテでどこかおススメのギャラリーはないかとのこと。彼は、3ヶ月かけて欧州のアート訪問の旅の真っ最中だそうで、ヴェネチア・ビエンナーレもバーゼルもミュンスターも訪問してきたそうだ。いろいろ話していると、「あ、この人、ただの美術好きじゃないな」と思い、何しているのか聞いてみると、岩手で平面芸術をやっているとのこと。すっかり意気投合して、ハンブルガー・バーンホフはドイツの意気のいい若手がバカやっていると情報もらい、連絡先交換したあと、ハンブルガー・バーンホフ美術館へ向かう。 ハンブルガー・バーンホフは昔の駅舎を改装した美術館。駅舎といって侮るなかれ。地上三階、地下1階、さらにその地下1階は、膨大なスペースのギャラリーがいくつもあり、恐ろしく広い。 地下のギャラリーは、無料のスペースで確かに若手がバカやっていた。覚えているのは、木造の窮屈な二階建ての建物を建てて、人間がケチャップ(?)まみれになって、その建物をナメクジのように這いつくばるという映像。やっている本人たちだけがハイになっている。見ている人置いてけぼりだが、なんか笑える。さらにその建物が展示されているのが、また笑える。 まあ、それはさておき、有料スペースには、アンドレアス・グルスキーが何点かあって、それだけで、スゲースゲーと興奮していた。また、ありとあらゆるカラフルな錠剤を巨大な鏡ばりの陳列棚に標本のように展示するものがあった。(作者忘れた)これも、その多彩なカラーを鏡の反射によりあらゆる角度見ることができ、それが膨大な数に上るところから、万華鏡のように見える。それだけでなく、薬の空恐ろしさをぼんやり感じさせる。 そこで、友人との待ち合わせ時間がせまってきたので、アレクサンダープラッツにもどって、夕食を取る。ホテルを戻った後、23時就寝。 街がどこも歩きやすい。日本で歩くのと同じくらいの緊張のなさ。肌に合う。 明日はいよいよカッセルだ。 2007年 08月 27日
8月末から9月にかけてドイツへ。友人2人同行。私の目的はベルリンのギャラリーとカッセルのドクメンタ。 ベルリン時間20時前にアムステルダム経由でベルリンに到着。まだ日は明るい。 ホテルは、中心部から市電(トラム)で30分も東に離れたところにあり、観光とはほぼ縁遠い雰囲気である。同行した友人2人は、くすんで見えると落胆気味だったが、私は悪く言えば気の抜けたような、よく言えば飾ってないところが性にあっていた。 ホテルについたのが、21時過ぎ。まわりにはなにもなく、また市電で一駅行ったスーパーらしきところも20時には閉るので、とくになにもすることがなく、ホテルのバーらしきところで、ビールを飲んで、23時過ぎに就寝。 < 前のページ次のページ >
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