確証はない。それを信じるしかない。

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2005年 05月 29日

ウィスキー

c0017549_0252139.jpgウィスキー」を観る。
<ストーリ>
親から譲り受けた小さな靴下工場を経営している兄ハコボ、とその部下として忠実に大人しく働いている中年女性マルタがいる。二人は必要以上に言葉を交わすことのない上司と部下の関係。そこに亡くなった母親の墓の建立式のため、疎遠になっていた弟エルマンがブラジルからやってくる。ハコボはマルタにエルマンのいる間だけ夫婦のふりをしてほしいと頼み、エルマンのいる間バレることなく夫婦を演じることになる。

エルマンのいる間、一緒に寝食をともにし、旅行にも出掛けるわけですが、ハコボは意識的に演じるということはしない。むしろ、義務的に体裁だけ装って時が過ぎ去るのを待つのみという姿勢。一方マルタは、美容院行ったり、部屋を掃除したり、たまに口元吊り上げたりと楽しげ。
状況を変化させることで二人に愛情が芽生えるといったものではないが、愛だの恋だのは片隅において、ちょっとした状況の変化を楽しむことで得る己の心境の変化を見せるマルタと変化する状況を変化と受け入れない寂寥漂うハコボが明確に私には映る。ラストで、ハコボはいつもなら工場に来るマルタが定時に来ないことに対し、部下に電話するように指示するが、これはハコボがマルタという人間に対しての気がかりではなく、部下が無断欠席したことに対する上司が取る行動としか解釈できない。これは物語を通じて、ハコボの取る行動、つまり弟がブラジルに帰るまでの、偽装夫婦とその弟から生まれる変化を意識的に排除していることが私にそう感じさせる。
いや、このほうが、3人に変化が起って生活変わりましたって見せられるよりも、よっぽどリアルなのかもしれない。
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by stoneroses8010 | 2005-05-29 16:26 | 映画
2005年 05月 28日

土曜はお決まりのようで

昼から授業。

○非営利団体と営利団体の契約において、非営利側はみずからの立場の信頼性の伝達と営利側は、非営利側の創造活動の対価の支払いを明確にすることによる、信頼関係とモラルによる契約関係があるとのこと

○文化産業とは三層構造 
  ①創造にかかわるもの  工芸文化など
  ②編集、記録に関わるもの 情報サービス、コンテンツによる人々の享受能力育成
  ③訪問、観光に関わるもの 創造活動への参加を促す
  
他のクラスのゼミに流れで参加し、そのまま飲みへ。
自作の名刺を配っておく。
東京行きに合わせ、急ぎで作ったので大してデキが良い訳でないのだが、ロゴを自作したところがアドビ系のソフトを使ったことがない人にもわかるようで(PC用の名刺用紙を使っていたからだと思うが)、その点で少し話が膨らむのがよい。名刺配っても反応ないと寂しいだけだし。グラフィックの技術もいろいろ使える。
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by stoneroses8010 | 2005-05-28 20:28 | その他
2005年 05月 27日

助ける、助けられる

業後、前の職場(社会教育施設)の後輩と飲む。しばらくして、前の職場のカウンセラーらが合流。酔いも適度に回ってきたところで、いきなりインタビュー敢行。お酒も入ってるので、簡単なものを一つ。「なぜカウンセラーしようと思ったの」ということである。回答として
1) 何か新しいものが発見できると思ったから
2) 子どもが好きだったから
3) 皆で騒ぐのが好きだったから(文化祭のようなノリ)
に大別されることがわかった。
普段、ボランティアと言えば、献身的に困っている人を助けるといった自己犠牲のイメージが短絡的に挙げられるが、少なくとも彼らはそう考えてないようだ。
「助ける」といえば、「助けられる」主体が存在するわけだが、それはなんだろう。施設の利用者か、それとも施設か。利用者の場合、リサーチしたわけではないのでなんとも確証あるものでないが、カウンセラーを依頼する理由は単に子どもと遊んで欲しいといったことから、プログラムの専門的総括まで幅広い。共通して言えるのは、利用者は、カウンセラーを施設の職員同様、プロとして見ているようで、講演会に外部講師を呼ぶような感覚に近いものがある。少なくとも、人手が足りないので助けて欲しいと懇願するものではない。では施設の場合はどうか。施設が、カウンセラーを養成して、助けられる部分もあるだろうが、ボランティアを維持するための予算取りから被服貸与などの実務的アプローチに加え、ボランティアとの信頼関係を築く時間を持つといった精神的なアプローチなど、事務量は格段に増加する。事務事業を助けとして安価な労働力と見なしカウンセラーを養成しているのではないと言える。
と考えると「助けられる」主体は存在しないことになる。その主体が存在しないと仮定すると「助ける」という主体も存在しないことになる。というより、「助ける」「助けられる」
という考察は無用となる。

ボランティアの古典的定義として、「自発性」「無報酬」「利他的」と挙げているボランティア研究がある。このうちの「利他的」とは他を利することを意味するのだが、別にボランティアする人間が利他的であると意識するわけでないし、活動することで自分を利していることもある。たとえば、普段体験できないような出来事に遭遇して、貴重な経験になったというエピソードは、ボランティアする人間にとっては、理由1)で挙げたものを現実化させ、カウンセラーになることの醍醐味を味わうことでその欲求を満たすことになり、自分を利することになると言える。とすると、「利他的」はこの場合「利己的」と同一になっていることにならないか。さきほどの「助けられる」「助ける」といった区分と「利他的」「利己的」であるという区分と同様に同一になっているのかもしれない。

*「カウンセラー」は「ボランティア」と読み替えても差し支えない。
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by stoneroses8010 | 2005-05-27 22:28 | 我思ふ
2005年 05月 24日

京都で飲み。

仕事の後、京都で飲み会。東京帰りで家の中が生活できる水準に収まっておらず、かつ疲労が蓄積するなか笑顔で参加する。
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by stoneroses8010 | 2005-05-24 21:32 | その他
2005年 05月 22日

JMMA第2日目と写美

午前中、学会に参加する。会員の発表が続く。やはり時間がないようで忙しない。
「デジタル画像処理による文化財の復元作業」という発表があった。その並々ならぬ、細を極めた作業と途方もなく費やされる時間に感服する思いである。私もPhoto shopをいじってる時は(比べ物にならないが)そんな心境である。レイヤーかけるだけ、もしくは文字組みするだけで一日費やすという無能を思い知らされる時がよくある。
一つのソフトウェアによる処理だけでは到底、復元などできない。復元は撮影、赤外線技術、書、歴史学などあらゆる専門家の協同作業によって、時間をかけて導かれるものであるとのこと。京都橘大学の木下達文氏のミュージアムボランティアに関する報告も短時間の発表ながら的確であった。とくに現状にみられる問題点の指摘ともいえる施設の理解のなさとコンセンサスを得る困難、ボランティア担当者の孤立、施設とボランティアの温度差などなどは私自身も身につまされる思いで聴いていた。最近出版されているミュージアムボランティア絡みの書籍でも、指摘されていたことではあったが実態として改善されていないようだ。これからはボランティアの導入によって、ミュージアムで何がなされたかよりもなにが資源化されているのかを(要はアウトカム)指摘する時が来ていると感じる。

午後からは、私が最近、最も注目している内田樹、金子郁容、室井尚らがシンポジウムを行うという日本記号学会に参加したかったのだが、場所を度忘れ(頭悪い)してしまい、時間もなかったため、断念する。このメンバーが一堂に会するなんてもうないんじゃ・・・。

c0017549_182979.gif気を取り直して「写美」へ。「写真はものの見方をどのように変えてきたか」を観る。第一部の「誕生」から第四部の「混沌」をテーマにして半年をかけて時系列に取り扱う。この日は「誕生」の最終日。写真を観るというより写真の誕生の歴史を振り返る格好になる。
カメラオブスクラ、ダゲレオタイプ、カロタイプ、ネガの変遷(銀板、紙、ガラス、ゼラチン)、19世紀のカラー写真と連写の技術、下岡蓮杖と上野彦馬などなど。

その後は、カメラ片手にブラブラと、渋谷から表参道、地下鉄使って上野を徘徊する。上野で雨に降られたため、撮影中止。止みそうにないので、六本木ヒルズで早めの夕食を取る。20時過ぎ東京発の新幹線で自宅に戻る。
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by stoneroses8010 | 2005-05-22 20:13 | arts全般
2005年 05月 21日

JMMA第1日目と夜間撮影

出勤日と同様の時間に起床。東京に向かう。池袋で開かれる日本ミュージアムマネジメント学会に参加するためである。
初日から発表者がかなり多く、時間もなく、おまけにPCまわりの機器の調子が悪いときてるので、皆、早口で要点のみ簡単に説明するに留まり、発表者もギャラリーもいささか消化不良の感が否めなかった。

個人的に印象に残ったのは、画家松井守男氏の基調講演。NHKで放映された番組を前半見て、後半は質疑応答というスタイルだった。番組では、卒業した小学校に再び来訪して、いまの生徒たちに絵を二日かけて教えるといったもの。そのなかで触れられる松井氏が自分のスタイルを壊すために、心の底から苦悩したエピソードなどは心打たれた。(悶絶しながら、身体全体で絵を描くことまで試したという)美というものは最後の最後まで自分を信じぬき貫き通すことでようやく成立するものである。反省反省。
番組中、松井氏が子どもたちの絵を見て、恐怖していた。あるモチーフを子どもたちが書くのだが、決まりきった色を使って、決まりきった形しか皆描かないことに恐怖したのである。無意識に子どもたちが抑圧されていると感じたのであろうか、松井氏は子どもたちに目をつぶらせて絵を描かす。それから色々やりとりがあって子どもたちが絵を完成させるのだが、確かに指導する前と指導した後では、全く受ける印象が異なった。アカデミックに上手くなったというのではなく、感情を表出させることによる絵画表現の違いが際立ったということである。松井氏は質疑応答の中で、日本の美術館に対する商業的経営にえらく辛らつだった。それは美を提供する施設が決まりきった礼拝的鑑賞しかできない作品を並べ、来館者を抑圧してどうすると叱責するかのようだった。

発表では、長崎歴史文化博物館の竹内有里氏のミュージアムコミュニケーション論が印象に残った。博物館教育研究の歴史のなかに、来館者は個人個人の経験と生活を土台とした上で、展示の知識を捉え、ないまぜにして解釈していくという構成主義(たぶんこんな感じだったかと思う)の側面を指摘した。そしてフーバーグリーンヒルの理論をもとに、博物館の展示活動は解釈の表れであって、客観的な事実でなく、様々な解釈に基づくものである。来館者はその展示に対して個人個人の知識、経験と照らし合わせ、さらに解釈を進めていくと述べる。さらにコミュニケーションには伝達というだけでなく、文化的アプローチコミュニケーションモデルがあって、それによると、個人は自分が属している社会、文化、コミュニティに無意識のうちに影響をうけ、ある一定の生活、体験の中で物事や情報を解釈し、理解しているとのこと。そうすると、博物館から与えられた情報(展示や教育)は受動的受信作業ではなく、能動的な解釈作業と言えると展開する。(だいたいこんな感じだったと思う。間違ってるかも)
この世界では新しくない論説なのかも知れないが、私にはかなり興味深く感じた。

c0017549_0553539.jpg夜、池袋に写真撮影に繰り出す。適当に夕食を済ませ、サンシャイン60でやっていたチーズケーキ博の誘惑に負けずに、徘徊する。3時間ほどフラフラして、ネットカフェで明日のための情報収集を行い、就寝する。
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by stoneroses8010 | 2005-05-21 23:30 | マスターへの道
2005年 05月 20日

出張

明日から1泊2日で関東方面に出張ですよ。名目は学会なのですが、カバンにミノルタ7700とキャノンIXYデジタルはしっかり入れておきます。フィルムはネオパン400を4本揃えておいた。写美にも行っておきたい・・・。果たして何をしに行くのかわからなくなってきた。ま、いいか。
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by stoneroses8010 | 2005-05-20 23:27 | その他
2005年 05月 17日

続けるということ

偶然、大学時代の後輩に出会う。彼とは6,7年は会ってなかったと思う。彼は博士後期過程まで進み、ひたすらハイデガー研究を行っていた。やはり哲学一筋ではなかなか職にありつけなかったようで、現在公務員をやっているとのことである。仕事の傍らで学会での発表も行っていくと語っていた。好きなことをやり続けた結果、職にならなくても、楽しくなくなっても悪いことではない。それが、自分が生きていく中で離れられない、続けなければならないと存在となればいいのではないか。(欲望と言えるかも)
ただ、「やっていく」 のみである。
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by stoneroses8010 | 2005-05-17 23:05 | 我思ふ
2005年 05月 15日

アラキメンタリと森山大道

c0017549_052511.jpg人としての生活の維持のため、日曜日はどうしても、雑務をこなさなければならない。この時間をなんとかして少しでも効率的にしたいものだが。
それでも映画を観る。「アラキメンタリ
アメリカ人監督による写真家荒木経惟のドキュメンタリ映画。荒木自身は自分のやっていることを「芸術」と表現していないのに、評価する周りの人間が彼の作品を「わいせつ」のアンチテーゼとして「芸術」という言葉を用いていることがとにかく不快だった。その類のコメントをしなかったのは、森山大道、北野武、飯沢耕太郎ぐらいだったと思う。それがせめてもの救い。また、映画の作りがなんとなくチープで、無意味な音楽がせっかくの識者のコメントに被るというなんともお粗末で、かつ製作者自身に恣意的に「芸術」に結び付けようとする動きがあることが面白くない。

荒木は自らの写真を「旅」と位置づける私写真家である。本人の主張でもある。さらに、写真とは時を刻むものだが、それは錯覚と幻想の瞬間の「点」であり、人生を歩むことによってそれを「線」で繋いでいくと主張する。荒木自身が「旅」のなかで遭遇する虚実がないまぜになった空間に立ち会いながら、生と死を常に意識しつつ、写真を撮って「旅」を続けるようだ。荒木の芸術性を表現しようとする他者(森山ら除く)、もはや「わいせつ」「芸術」対立論のような次元の話をしたいのではないという荒木自身の対比が私には明確に映る。

さらに続けて「森山大道 in paris」を観る。
2003年パリのカルティエ現代美術財団で開催された「DAIDO MORIYAMA」展の製作過程から完成までのドキュメント。ですが、森山自身の写真に対する考え方を中心にインタビューが構成されているところがよい。

森山は、写真は楽しいからしょうがないとか好きだとかでやっているんじゃなく、離れがたい存在という。一時期写真の撮れない日々を過ごした彼のそのセリフは重い。そのときに小説家を志したというが無理と思って投げ出し、また写真を撮りだした。面白いものだからじゃなく、呼吸しなければ生きられないというぐらい、彼と写真は一体化している。誰が評していたか忘れたが(大竹伸朗だったか)「森山さんは人生をワンシャッターと考えているのでは」というコメントに同意してしまう。
また、彼はコンパクトカメラ一台で街に出て、色々な「ストレンジ」なものに出会って、自分と「対話」し、写真を「自分の歴史と写真史のパラレルなリンク」と語る。一方で、ある雑誌で彼は「人間は自他の記憶の構造に捕らわれている。写真にしてもそれだけで完結するのでなく、無数の記憶を内包している」と語る。
彼の人生の経験や記憶と彼を取り巻く世界の歴史を、自分のなかで表現の土台を形作る内的作業と現実世界の対話の中に落とし込み、それらのハイブリッド化したものを表出したいという欲望を適えるのが彼にとっての写真と私は思う。
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by stoneroses8010 | 2005-05-15 20:26 | 映画
2005年 05月 14日

定義づけ

朝から夕方まで授業。午前中は「文化」「芸術」「発信」「イベント」などの言葉の意味や定義を探る。写真、グラフィックなど平面芸術に慣れ親しんできたせいもあって、演劇などの鑑賞者と表現者が一体となって芸術が成立するライヴ感なるものがどうも自分のなかには欠けているかもと思ったりもする。午後は、文化政策の「公準」から始まり、文化産業の情報化による学習の場の形成とそのフィードバックによる創造の場の醸成という話にまで至る。

その後、あるお方とお会いする約束をしていたのだが、キャンセルとなる。予定では映画館へ直行のハズだったのだが、上映時間に間に合わないとわかり、急遽飲みのセッティングとなる。梅田で「文化ボランティアガイド」を購入し、堺筋本町で飲み。子どもが自転車の乗り方を覚えたら、乗りたくてしょうがないような幼稚な感覚で、酔いに任せあらゆるものの暴論に近い定義を繰り返し、同席者を困らせる。合掌。
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by stoneroses8010 | 2005-05-14 23:55 | その他