確証はない。それを信じるしかない。

meetsall.exblog.jp
ブログトップ

<   2006年 09月 ( 7 )   > この月の画像一覧


2006年 09月 30日

ジャコメッティ展

久々に美術館へ。これだけはハズしたくないという「アルベルト・ジャコメッティ」展@兵庫県立美術館

1 キュビズム、シュルレアリスムを経て
2 モデルたち
3 ヤナイハラとともに
4 空間の構成と変奏
という4部構成になっている。
1は、ジャコメッティ自身が、パリに出て、シュルレアリズムとの接触を経て生み出された作品が並ぶ。原始美術やキュビズムの影響がモロに出てて、「コンポジション」は、ブラックの絵画そのままじゃなのかと思ってしまう。全般的に骨太で、作品そのものの主張が強い。
2について、時代は戦後になる。彼は、シュルレアリズムの「見えない世界」を突き詰めることに挫折して、「見たまま」を目指すようになる。弟、母などをモデルにしてスケッチ、彫刻を作り上げる。このころから、作品が細長くなる。ジャコメッティといえば、「シュルレアリズム」「細長い」と連想されるが、それぞれの時代性は同時期ではない。潜在的な影響関係はあるだろうけど、むしろ相反した意思の下にある。
スケッチは、顔面部の描線が多く、人物ということが認識できないぐらいになっている。それは、線で描くというよりも、線を重ねることによって、顔面の各パーツを浮き上がらせる作業のように見える。ところどころに見える白線がアクセントになっている。
3では、彼と交流しながら、モデルになった矢内原伊作のスケッチと彫刻である。矢内原は大学教授でもあり、美術ジャーナリストでもあり、哲学者でもあった。ジャコメッティの「見るまま」の探究心に心打たれ、モデルを教授の仕事をしながらずっと続けていたらしい。ジャコメッティは、矢内原を四六時中スケッチする。新聞紙にも、ナプキンにも。どれを見ても、顔にすさまじい数の描線と同じ角度、同じ顔。ここまで来ると執念に近い。「見たまま」というものを、人の構造をカラダで覚えさせる気迫がある。
矢内原をモデルにした彫刻の顔面は、力強い眼と、マネキンのようなものとは次元が異なるリアルさがある。
4では、細長い身体の彫刻だけでなく、台座や檻などを組み合わせて新たな空間構成を試みている。「鼻」では、細長い鼻を持った人面が立方体の空間のなかでぶらさがっている。正面から見ると生きているような、空間の揺らめきがあり、真横から見ると、死んだ人がぶら下がっている感じがする不思議な作品である。

私は彫刻に対しては、そのものの主張よりも、彫刻を骨とすればその周りの空間にどれだけ肉付け出来るかに価値を見出している。ジャコメッティに関して言えば、戦後以降の作品にそれを感じることが出来る。(シュルレアリスム時代でもテーブルを使った作品などおもしろい仕事はあるんだけど。ここでは展示してないみたい)それは、「超現実」から転換した「見たもの」の追求、矢内原との対話で生まれたことによるものである。それもジャコメッティの場合は、自分もしくは、ごく限られた親密なものとの対話によって生み出されたもののようだ。とすると戦後以降の同時代の周辺作家との影響関係が全くなかったのかどうか知りたいところだけど。

あと、彼は、生涯、セザンヌ、ベラスケスなど、模写をすることを続けたらしい。矢内原へのスケッチや、すさまじい数の描線など考えると、真面目で少し神経質なお人なんだろうかと勝手に推測する。
[PR]

by stoneroses8010 | 2006-09-30 23:36 | arts全般
2006年 09月 29日

王道

そろそろ研究にシフトしつつも、来週から東京出張だし、今週末は知人の結婚式ときたもんだから、なんとなく身が入らない。ここで力を入れても、ちょっと間隔があいてしまうことがその原因か。本当にいやなタイミングで入ったものだ。まあ、愚痴を言ってもしょうがない。
東京では、国立近代美術館の「モダンクライシス」と世田谷美術館の「ルソー」展は観ておきたい。

美術史全般を見直していた話は前回したが、それを深めていくうちに、自分に欠けている知識が一つわかった。それは美術史学の型である。イコノグラフィなのか、作品を起点とした社会学なのか、いろいろアプローチはあるだろうけど、意識して学んだことがないので、その「型」がいまいちつかみづらい。「型」についてアレルギーを持つ人も多いだろうけど、「型」を持つ分野において、その文脈を踏まえずに(なにも知ろうとせず)、「個」を引き出そうとするほど、私は才気だっていない。よって、その分野の既存の「ルール」をまず知らねばならないと今は思っている。
[PR]

by stoneroses8010 | 2006-09-29 23:35 | 我思ふ
2006年 09月 26日

部屋整理

なんだかんだで疲労しているので、ここ数日は何も考えずに過ごそうと決めた。
すると、部屋のいたるところに目がつくもので、散乱している本と本棚の整理をする。
雑誌関連がなかなか整理がつかない。スクラップするなど工夫を考えないと。

あと、blog。トラックバックスパムが酷いので、トラックバックを一時停止しました。
blog草創期は、トラックバックという革新的(?)なコミュニケーションツールに期待していたのだが、どこも遣いあぐねている感がある。いまでは存在意義すらあやふや。企業関連でやってる社長blogなどで一工夫するなど見せて欲しかったが、使い方が画一的。
[PR]

by stoneroses8010 | 2006-09-26 22:15 | 我思ふ
2006年 09月 25日

鷹野隆大と近況

とにかく、ここ1ヶ月弱は、恐ろしくカラダを酷使した。(1週間あたり20時間以内の睡眠時間とす)それで、所得が増え、研究が進み、写真が多く撮れているならよいだろうが、そんなことはなく、何やっているのかと半分自分に問いかけてみるも、やはりこれでよかったのかもと思ったりする。特に後悔はない。

そんな状況下ながらも、1週間前だったか、写真家の鷹野隆大がレクチャに来てくれた。
作品を振り返って、最近行ったというエルサレムの様子を聴く。
鷹野氏は、作品を見てもらったらわかるが、身体についての問いかけがテーマとなっている。初期の作品は、本人も行っていたのだが、身体の美とはどういったものかということだった。モノクロームも多く、メイプルソープを思わせた。
そういったときのモデルはまさに理想の体系とされる若い男性女性となるのだが、次第にモデルが「横たわる裸体」のような太った男性やそこらにいるようなおっさんとなる。その写真は、人間の身体の「生」の部分が垣間見える。鬼海弘雄が浅草のポートレートを通じて、人の外面を越えた目にすることの出来ない人間の深層を表現したことに通ずるものがあると思う。

その「生」はウケが悪かったらしい。本人は人って本当の現実を受け入れられない部分があるじゃと言っていた。
そこから、現在の作品につながるような、少しファンタジーの世界をスパイスとしてとりれたような、居そうでいなさそうな人がモデルとなる。そこには「性」も含有されており、キレイだからとか、リアルだからという理由を排除した凝視する理由がある。

それでも本人は写真の独自性ともいえる「写真はできたときから写真」つまり、写ったことがらのすべてに忠実である。(これは私が本人に質問して確認した。)

その後、飲みに行くことになる。
鷹野氏はサッカーにやたら詳しく、そこで今年のチェルシーやメッシについて話しする。鷹野情報によると、メッシの身体におけるビハンドはかなり深刻なもので、これ以上の上積みはもうないんじゃないかとのことだった。ホントならかなりショッキングだ。
あと、何だっけか。音楽についても話した。ベルベットアンダーグランドが最近のお気に入りとのこと。
写真については、仕上げの方法とか、技術的な部分を聴いたけどあまりよく覚えていない。というか、水彩画をやっている人間がアクションペインティングのコツを聴いているようなもんで、なんか次元が違っているような気がした。

一緒に飲んでいたコが、500円玉をいつも持ち歩いているとのことで、その500円玉入れを見せて貰ったら、ゆうに100枚以上は入っていた。本人は10万を溜めるためにおつりをもらったりする度に入れているとのこと。持ち歩くのがかなり重そうだった。色んな人がいる。

それよりも少し前、舞台も観に行った。「ブルーバードブリーダーズ」というヨーロッパ企画の作品だった。前回の「windows5000」が面白かったので、ちょっと期待したのだが、内容は残念なものだった。話云々よりも、舞台と観客の隙間がズブの素人の私でもわかるくらい深く、「なんか向こうの対岸で騒いでるなぁ」というモノだった。全員が一人の意見に賛同し、全員が一人の行動に突っ込む。よくわからない。

最近美術史全般をよく見直す。ここ最近必要なことでもあったし、「なぜこうなるか」と深く突っ込むと止まらない。アメリカでは「ネオダダ」と「ポップ」そして反骨の意味の「ミニマム」と「コンセプチュアル」がどこの美術館でも設定されていた。そこにアメリカ美術「の「核」みたいなものを感じる。だとすると、日本美術の「核」とは何なのか、そもそもその問題提起自体が変とも思えるが、よく考える。
絵画史では近世以降は西洋画と文人画(漢画系)が目まぐるしくリンクする。日本固有と思われがちな浮世絵だが、北斎や広重は狩野派、文人画など日本絵画の文脈を知った上で西洋画技を踏まえ、それを多色摺りで表現する。意識してのこととは思いにくいが、世界の美術の文脈を知っている。名が世界に知れ渡って当然と思える。

なんだか取り留めなくなってきた。
来週には東京出張。今週はその準備に後輩の結婚式。
自分でもよくわからなくなってきた。もう論文書かなくちゃならんのに。
[PR]

by stoneroses8010 | 2006-09-25 23:54 | arts全般
2006年 09月 09日

exit?

c0017549_13527100.jpg

[PR]

by stoneroses8010 | 2006-09-09 01:35 | photo
2006年 09月 02日

station

c0017549_23252194.jpg

[PR]

by stoneroses8010 | 2006-09-02 23:25 | photo
2006年 09月 01日

Noisy Phantom

c0017549_0535180.jpg

[PR]

by stoneroses8010 | 2006-09-01 00:56 | photo