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2007年 01月 30日

さてさて

さてさて、はたまた、忙しくなってくる。
土曜日にフットサルやって、カラダ痛めている場合ではないな。ま、これはこれで楽しかったんやけどもね。
2月上旬までに仕上げておきたい来年度のための書類数点。写真関連、口頭試問の準備(これはあまり進まないなぁ。)それに、突発的な依頼などなど。
それに知人の出産関連などプライベートも埋まっていく・・・。
あらー、こんなハズじゃなかったんやけども。

ヒヤリング先に送った論文についてのご指導込みのメールのやりとり続く。どうも、思っていた以上に多くの人に配布されるみたい。そら恐ろしい反面、ある意味幸せなことかも。
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by stoneroses8010 | 2007-01-30 23:34 | その他
2007年 01月 25日

しんどいながらも

早くも今週も木曜日まできてしまった。早く感じるのは、密度が濃いせいか。
日曜は、写真のクラスで作品の保護のレクチャーがあって、大変ためになった。
講師の方は、写真作品の保護とプリントやアーカイブに関して、美術館学芸員にレクチャーした内容と同程度のものをやってくれたので、ミュージアムマネジメントの観点からも絵画、写真、映像を扱う上で、美術館に今後必要な視点は何なのかを感じ取れた。
(ただ、そういったことがレクチャーの大半だったので、作品を展示することのテクニカル面を聴けると期待した大多数の人は退屈してたかも?)

月曜と水曜は仕事をこなしあと、ラボや写真工房を駆けずり回る。そうしながらも、火曜に、大学図書館などで、来年度の方向性のために必要な書類をかき集める。正直しんどいところ。

夜は、ヒヤリング先の学芸員の方とメールのやりとりが続く。修正した論文を送って、お礼を述べたら、自分の進路相談まで発展する。本当にありがたい話。完成させてよかったと思う。さらに多くの人に配られるらしいので、PDF化しなければならないのであるが、ソフトの手配がつかない。週末までには必ず送らせてもらわねば。
(大学院にないのですかいな・・・)
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by stoneroses8010 | 2007-01-25 23:04 | 我思ふ
2007年 01月 20日

パターン化

とにかく撮る。今日はそう決めていた。撮りなおしをセレクトして、頭のなかで、時間と場所を把握しつつ、早めに家を出る。やっぱり光の条件は午前中がいいと思いながら。
2月中旬には、撮るというよりも仕上げに時間をかけないといけないので、そう撮りに行く機会もない。帰りはいつも、createにフィルムを出す。そして、車走らせ、ご飯食べたり、映画観たり。撮る時の行動はパターン化している。
森山大道は、新宿を撮るときは、3時間ほど撮って、シャワー浴びて、また撮って酒を飲むという一日のパターンがあったと言っていた。パターンを作るとカメラが身体化する心地を覚える。なぜだろ。

帰ってからデータの整理、担当教授とのメールのやりとりなどなど。
あまり体動かしていないにもかかわらず、次の土曜はフットサルなので、ちょっとは慣らしておくかと意識的に走ったものだから、すごく疲れた。
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by stoneroses8010 | 2007-01-20 23:33 | photo
2007年 01月 19日

コミカル&シニカル

シゴト帰りに写真展へ
「コミカル&シニカル 韓国と日本の現代写真/二人の女性のディレクターから見た一側面」
ここのディレクターの方には、写真のクラスでもお世話になっている。
ドーンセンターにある地下プールを使って、日韓16名の作家が写真、映像を展示している。
プールのタイルの色や模様がうるさくなく、写真展示を少し工夫すれば、こうも展示向きの空間になるのかと驚いた。また、通常の写真展なら、自分の立っている位置より下に写真が展示されていることなんてないのだが、それをプールの底を使うことによって、写真を見下ろし、作品と観ている自分との距離が十分にとれることは新鮮だった。
ランダムに展示されているように見えるが、動線は配慮されている。

波惹の「母のファッション 母の夢を見つける」が力強かった。ファッションモデルになりたがっていた母にモデルのような様々な姿をさせ、娘がそれを撮るというもの。
時間が刻み付けた身体の現実があったとしても、母の想いはそのままで、その毅然というべきか、想いをぶつけるようなオーラを娘は、尊敬の念で受け止めるかのように撮る。そこには、親子というだけでなく、撮るものと撮られるもの互いを認め合った関係性がある。
細江英公が写真は被写体との関係性といったことを思い出した。

盧順澤の「the strange ball」は、ある地域の平原(田んぼ)に立つ在韓米軍の軍用施設である「ボール」(本当に見た目、真っ白いボール)とその周辺に住む住民の生活を撮ったもの。
「ボール」を軸として、人々がどう営みを続けているのかをフィールドワークのように撮っている。そこには、韓国に米軍が存在する政治性や軍用施設(殺人)と隣合せで生活(活人)せざる得ないことの疑義の訴えを感じる。モノクロで撮っているので、ビジュアル的な対比も目を引く。

日本人では、浅田政志の「浅田家」が面白かった。家族で、ロックバンド、ガソリンスタンド、選挙活動、やくざなど様々な役を演じて家族全員出演の「家族写真」を撮る。
職業を演じるよりも、家族で作品を紡ぎだすプロセスの偉大さの勝利。モデルそろえて、形決めて、撮るということからは見えてこない「家族」という現実の関係性があるからこそ、コスプレが引き立つ。

大雑把なくくりだけど、日本の作家は他の視覚芸術との融合や、コンセプチュアルな立場、パワー系のスナップの系譜を引くものなどが目立つが、韓国の作家は、よく自分の国の文化事情や風土の歴史的文脈を考え、それに対する提案を行なっているような気がした。
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by stoneroses8010 | 2007-01-19 22:46 | photo
2007年 01月 18日

早くも・・・

論文提出が終わって、しばらくは論文を見ないだろうと思いつつも、ヒヤリング先の方には、(軽くプレッシャーをかけていただいたこともあり)お礼の意味も込めて、論文を送らなくてはと思い、校正し直している。他の方も、(ありがたいことに)読みたいとおっしゃるので、口頭試問の準備も兼ねて、見直し。

まあ、見直すと加筆修正したい部分は当然あるわけで、中途半端で提出したもんだなぁと早くもがっかりしている。すいません、差し替え無理ですか?

来年度に向けて、準備しておきたいことを決めつつ、実行しつつ、とりあえず、2月まではゆっくりと。
部屋に3月の展示のサムネイル(6切)を張っていく。あと、5枚欲しい。やりたいことが見えてきた。
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by stoneroses8010 | 2007-01-18 23:57 | マスターへの道
2007年 01月 14日

シャルル・フレジュ公開講座

やっぱり、二日酔いになった。少し頭が痛い。そして体がとてつもなく重い。
それでも、午前中に家事を済ませ、午後から写真のクラスでシャルル・フレジュが来て、公開講座をやってくれるので、それに参加。

シャルルの作品の説明が主になってくるのだけど、要約するとこんな感じ。
シャルルは、世界で、ユニフォームに身を包む人のポートレートを撮っている。
ユニフォームは人が特定の組織、コミュニティに帰属している表れであり、それは外見のみならず、言葉づかい、身体、やがては思想まだ、その属しているもののルールに侵食されていく。そのユニフォームが引き起こす身体への拘束性の視覚化が狙いのようである。
(ソシュールがいうには、言語が身体を拘束しているといっているのだけどね)
シリーズは、外人部隊やフィギュアスケートチーム、軍人学校、衛兵、そして力士。
人が、帰属するコミュニティによって言語から思考まで拘束されるだけでなく、異なるコミュニティに属する人に対しても、自分が属するコミュニティでの見方(それを、彼はステレオタイプと称していたが・・・?)をしてしまう危険性も気づいたと語っていた。
だから、そのコミュニティに入り込んで、実際に目をしたものを蓄積するように、見たまま撮影すること、表面をなぞることで、そういった先入観から脱したものを視覚化したいと言っていた。

質疑応答で、だれかが、本当の衛兵がユニフォームを身につけて撮影することと、そこらの若者を捕まえて、ユニフォームを着させて撮影することの差異は生ずるのかという質問があった。
シャルルは、衛兵を例にして、ユニフォームをまとう前とその後の顔つき、背筋などが違うといっていたが、差異の説明にはなってなかったように思う。
おそらく、この差異はこのシリーズでは明らかにならないと思う。それには、ユニフォームとは別の拘束性、つまりは一人の人間が衛兵に至るまでの歴史的文化的文脈が作用しているように思うからだ。だから、別のアプローチが必要だし、またそれが、人がある特定(生まれ育った土地、帰属する組織)の環境の影響を受け続けていることの深さだと思う。
こういうのも構造主義の一環なのかも。

帰りに同じクラスの人と話。3月の展示についての写真のサイズをどうするかということ。
お金がかかるからとか、作品のコンセプトを見合さずに決めていたみたいだったけど、写真はお金がかかるものだし(というより、何かを表現しようとする時は、金がかかる)、もう写真として活動をそんなに精力的にやるつもりがないなら、ここぞで使ったほうがいいと思うのに、そうしない。総計10万ぐらいで、4mの壁を使えるのなんてそんな機会あるわけじゃない。私は、作品と見合わせても、ギャラリストと相談しても最低大全紙というレベルなので、そうするつもりだが。枚数は未定。
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by stoneroses8010 | 2007-01-14 23:22 | photo
2007年 01月 13日

打ち上げ

昼間は、来年度以降の方向性を見定める上で、行っておきたい説明会に参加する。
自分が想像していたのとは少し違うようなので、検討が必要。
自分が今後10年、進むべき方向を見据え、どう向かい合うべきかをよく考える必要がある。

夜から飲み会があったのだが、時間が空いてしまったので、スタバで本を読みふけりながら3月の展示のコンセプトの原点を再確認する作業をする。
内田樹が以前、構造主義関連の新書で書いていたラカンの章の「自我」「私」「主体」に関する文章が興味深い。要約すると、「自我」っていうのは、主体が語ろうとしても届かないものである。が、それはコトバすら呼び寄せる引力をもっている。だから、対話というのは、自我が何であるかということじゃなく、「自我のありかを探り当てて、その「作用」を見切ること」というもの。
これを読みながら、見えないものを視覚化することで、人知れず存在している構造を浮き彫りにしようとする作業って、実は、その構造がなんであるか、はたまたその構造を引き起こされる核みたいなのを視覚化しているのではなく、「作用」から生まれる表面的な力学をなぞっているにすぎないのかなと思ったりする。

そして、夜に飲み会。院生仲間と飲む(まあ、論文打ち上げみたいなもの)。久々に学生の時のように飲んだ。結構皆論文提出ギリギリだったみたいね。情報交換できたりして、楽しめました。これからもよろしくお願いします。
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by stoneroses8010 | 2007-01-13 23:52 | マスターへの道
2007年 01月 12日

論文提出

ついに論文提出の日。その数日前には、プリントアウトも完了し、呑気に構えていたのだが、製本要領に従っていなかったことが昨日発覚し、プリントアウトし直すと同時に、要約も添付しなくてはならないことも判明し、あわててA4、4枚ほどの要約を作成する。
帰宅したのが、11時前だったので、それからなんだかんだで3時までかかる。こんな筈じゃなかったんだけど。

で、当日。不測の事態が起こることも(まあ、ないにしても)ありえたので、昼には論文を提出する。
担当教授のところにも顔見せして、口頭試問の日程調整と雑談などなど。年末から年始にかけて本当にいろいろとお世話になりました。
昼は学生がはけてから生協へ。また違う先生と一緒に昼食。どうも院に進む人が少ないみたい。嘆いておられた。

それから、京都に出て、メディアショップを経由。風景論か都市論関係の本を探していたのだが、結局、美学関連の本を購入。最近「美学」に弱い。

京都シネマにて久々に映画「リトル・ミス・サンシャイン」

壊れた車を押し、エンジンかけながら、家族が走り出した車に一人、また一人と協力しながら乗り込んでいくシーンが何回もある。なぜかそこが心地よい。車の中では、話を全くしないかけんかするかのどちらかなのだが、そのシーンが協力的だけに、その対比に頑張って乗り込んでくれと応援してしまう。
あと、ニーチェ崇拝者の兄が、色弱で憧れのパイロットになれないとわかり、車から飛び出し、土手を降りて、失望のあまり三角座りしているときに、妹がそっと寄りそうシーンは、情感的にどうとかじゃなく、それを遠くから見ている他の家族が背景となる平面的な光景に、家族の抱えている構成要素が幾重ににじみ出ているように感じて、単純に立体的でいいなと感じた。(このシーンがパンフにも入っていたので、購入する)
このニーチェ崇拝の兄は無言の誓いとやらでしゃべらないのだが、序盤は自分勝手なことをいう家族に対して「嫌い」と素直に示し、グランパが死んでママが悲しんでいる時には、「ママをハグしろ」とそっと妹に指示したりと、至って健全なヤツだと思う。
恋人は去り職を失い自殺未遂をはかったプルースト学者の伯父は、カリフォルニア行脚に同行し、ニーチェ兄に「勝ち」「負け」という物語のファクタ(勝ち組、負け組みという基準)に、負けとは、自分であきらめ物事にぶつかろうとしないことと示す。要は、生き方ってこと。それにしても、プルーストが、ゲイでかつ、20年一度しか本を出さなかったことを初めて知った。

家に戻ろうとすると、車の部品が納入されたので、修理できると連絡あり。閉店ギリギリで車を店にもっていく。
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by stoneroses8010 | 2007-01-12 23:42 | マスターへの道
2007年 01月 07日

セレクトの困難

論文はひとまず置いて、写真のクラスへ。
セレクトしなおした試案で持っていく。ギャラリストに説明するも、どうもピンと来ていない様子。私の中では、コンセプトと持ってきたセレクトが同一のものだと思っていたのだが、第3者から見ると、どうもバラバラになっているみたい。私はそこで、セレクトに合わせて、コンセプト曲げて話したらしく(そんなつもりはなかったのだが)、どうもそれが、本末転倒になって混乱を招いた様子。やはり、客観的な第3者に伝わるということが大事だから、セレクトを再考せねばと思う。今回は、基本コンセプトはそのままにして、撮っていくうちの癖と気づきをひとつの提案のような形で盛り込んでみたのだが、それが全体の表現を崩すことになったと分析する。いい勉強になった。気付きの挿入は本当に難しい。結局一言でいいのかも、ということが経験できた。
その後に、見てもらっていた人が、よく知らないイギリスのグラフィックデザイナーのコンセプトの習作を出していた。ギャラリストは、それは作品ではないですよとばっさり。
理由はその人とデザイナーの違いになるのだが、そのデザイナーは著作権についての疑義、セレブリティへの挑発という文脈に向かっての反抗めいたものに先鞭をつけたのであって、そうでないこととの違いは大きいとのこと。
けど、あの言い方では伝わらなかったのではないかなぁ。「過激なことしろ」としか聞こえなかった。

まあ、人はともかく、課題が出て来たのでその修正となる。論文にメドつけておいてよかったよ。今後取り掛かることはそれだけではないのだし。

ヒヤリング先の学芸員の人から、年賀メールをもらう。そこには昨年の活動報告めいたものも書かれてあった。改めてスゴイお人やってんなぁと感心した。
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by stoneroses8010 | 2007-01-07 18:44 | photo
2007年 01月 06日

完成?

年末年始頑張ったおかげか、論文がほぼ完成した(それでもシラバスにある枚数を少しオーバー気味。もういいんじゃないの。字数セーブしたし。まあ、それでも気になるので担当教授に一応許可のメールを送る)。提出まであと、1週間弱あるのだが、この時点での完成を急いだのは、私がこの時期4年連続でインフルエンザにかかっているからだ。去年は今年の今ごろにかかっているので、それを恐れ、なるべく早めに仕上げようと心がけていた。

まあ、今のところは、カラダに問題ないので、一安心。しかし、月曜は休日出勤なので予断はまだ許さない。とりあえずゴールは見えたので、ようやったなぁと一息ついている。(これで、枚数のダメだしされたら問題だな)

今年の年越しはBunkamuraで東京フィルがカウントダウン曲としてやっていたエルガーの「威風堂々」を見ていた。ものすごくよかった。現地でも見てみたい。2年前はボレロだったと思うんだけど。
さらに、数年前は、知り合いの人がいる店がキトクにも年越しで店を開けていたので、そこでカウントダウンなんかやっていた。いろいろ思い出してしまう。

今年は、「何か小さなことでもヒントをもらう」という姿勢で、「貪欲」でありたいと思う。
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by stoneroses8010 | 2007-01-06 23:16 | マスターへの道