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2007年 03月 31日

「都市・大阪」展 ダリ展 善き人のためのソナタ 博物館法改正...

シゴトがらみで精神的にも肉体的にもダメージがあったので、予定変更して家でゆっくり休養しようかなと思っていた。それでは、シゴトにやられているだけになる。そう思うと無性にハラが立ってきたので、やっぱり出かけることにした。
しかし、そんな衝動に駆られてしまういまのシゴトって自分にとってなんなのだろうね。情けない話だけど、メシのために過ぎず、「私」の自分の存在を存在足らしめる資金源と言える。これでよくないことだけはわかっている。
今回の異動で、今の職場の心臓部に配置され、期待されている点もわかるけど、それが自分の仕事観に合わないシゴトだと、いくら評価されても、やはり違う。

今のシリーズを広げるために、試したかったことがあったので予定通り撮りに行く。
その前に、CASOで、大阪カレイドスコープの関連展示をやっていたので、それを観る。
「都市・大阪 イメージされる大阪、イメージを開放する大阪」
上原徹の夜景をパノラミックに捉えた写真と空と建造物を余白をうまく使い収めた作品がよかった。夜景は、大阪だの、都市風景だの先んじたイメージを引き剥がし、まず視覚として訴えかけてくる。意味されるものと別の意味で観ることから、イメージされることとイメージから解き放つこと。
アクリルの仕上げも正解やね。参考なるわ。
中村充の「漂う」イメージをテーマにした作品群もその見せ方に、なるほどと思った。
アイラインを若干高めに設定すること、外への指向性と広がり、画面の視野を意識させないようなやり方。それを見せるために、遭えて、余計な部分を切り、見せたい部分を伸張する。縦長、横長の展開。

で、撮りに行く。なんか違う。違うことだけわかる。コンセプトの問題か。使っているレンズも違うような気がしてきた。これじゃ、伝わらない。

疲れてきたので、ダリ展を観に行く。
展覧会が始まって、かなり経つというのに、人が多い。
絵画だけでなく、映像、グラフィックデザイン、テキスト、衣装など様々。内容は充実していたように思う。まあ、巡回展やしね。
ダリをスターダムに伸し上げた当時の万博の影響力は大きい。国際芸術展的位置づけだったのかな。そのあたり詳細にリサーチしたら面白いかも。
ダリは、優れた美は「芸術」たりうるだけでなく、いかなるものにも転用可能という持論の持ち主だったらしく、自分の作風を他ジャンルに多く転用していく。時代が時代だけに、アーツアンドクラフト運動なんか想起した。

梅田に戻って映画。「善き人のためのソナタ」
2時間半もあろうかという映画だけど、全然長く感じなかった良作。
1980年代の東ドイツの保安局が、ある劇作家を反政府的として、その作家の家を盗聴する。本筋は、その監視員が、作家と恋人の女優との想いやりや芸術に触れるという話。
社会主義国家は芸術家に対して、おまえら、保護して金出してやっているんだからわかってるよね、という態度をとる。芸術家は情報制限があるとはいえ、西側からガンガンいろいろな情報が流れてくるから、それをキャッチし、様々な表現をしたいと考える。国家はそれが反政府的思想を含んでいると困る。だから、監視する。しかし、そうでないと認める。それは国威高揚や情報操作の手段、もしくは他国に対してウチはこれだけの文化があるのですぞというアピールもあるんだろうけど、その姿勢には、やはり芸術全般が社会に与えるインパクトをわかっているということ、それを知っていて全面的に禁止にしないのは、それがないと国家として成り立たない、芸術の人間に対する有用性みたいなものが(文化的文脈があるとはいえ)わかっているということでしょうね。(劇中では、国家に協力的でないとダメというよりも、反政府的だとダメというように映った)
そうだとすれば、社会主義国家でもなければ、反政府的な表現や協力的でないと許さんという姿勢も取らない現代の日本の芸術全般に対する態度のあり方ってどうなんでしょうね。
政府の人間が考えるビジョンなんて知れてるから、金出して、口出さないけど、サポートしていくというやり方をどんどんすりゃいいのに。

そう考えたとき、今、旬の博物館法改正に考えが移った。
いろいろ改正ポイントがあるけど、博物館職員である学芸員の改正である。
簡単に言うと、いまの学芸員資格は持っている人間多数いるのに、働ける人間はほんの一握りだから、そう資格乱発するのでなく、もっと実務や研究実績を持つ人間を「学芸員」とし、それだけでなく教育普及やキュレーション、利用者との協働まで長けた人材を「上席学芸員」「専門学芸員」にしましょうという話。いまの「学芸員」の資格保持者は「学芸員補」になるとのこと。決まったわけではないから今後どうなるかわからない。
なぜこういう展開になったかというと、そういう「ランク付け」が実務ではほとんど意味をなさないと思うからだ。国立施設では、学芸員であろうと「上席」であろうと、研究職として、優秀な人材をそろえているから、影響ないと思う。数多く存在する小規模市町村立施設では、コレクション、予算ともに少ないから、これからいかに利用者や芸術家を巻き込みながら事業を打ち立てていくかが勝負の一つとなる。要は、研究実績云々よりも、数多くの能力をいかに活かしていくかというキュレーションの問題。それに長けている人はもちろんいて、もうすでにやっているし、ランク付けするならそれをどう評価するつもりなんだろと思う。
これから必要になってくるのは、人材とコレクションのコーディネート能力だと思うので、それが実践されるためには、資格を細分化することの意味はない。極端な話、中村正人は芸術家に美術館やらせてみてはとBTで言っていたけど、それもありだと思う。
だから、法改正で人材育成を強化しようとする面はいいとしても、そういったランク付けで、実務がより上手くまわると考えるのはどうかなって思う(動議はどこから出たんだろ?現場?)。
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by stoneroses8010 | 2007-03-31 23:28 | arts全般
2007年 03月 28日

シゴト一変。新年度から少しキツイ

4月から、仕事内容が一変してしまうことになったので、この時期はその準備にどうしても追われる。
4月からまた忙しいというのに…。
NPO法人A.I.Tでキュレーション養成講座なるものがあると知った。東京かぁ。通うにしてはちょっと遠い。けど、講座内容が魅力的なので、行ってみたい気もする。
ミュージアムマネジメント系の研究にいったん区切りをつけたので、来年度はその実践ということに重点をおきたいところ。(インターン系の窓口もっと増やしてくれないかなぁ。)

写真のクラスに来年度もお世話になることになった(他に選択肢も見つからなかったので)。
既存のシリーズをさらに一年突き詰めることによる現時点での可能性と不可能性を自分自身で見てみたかったということもある。
構想では、こういうイメージというのがあるだが、どうも視覚的に弱く、それが伝わってこない。なかなか上手くいかない。5月下旬ぐらいには、それなりのものを提示する必要があるので、それまでに解決とまではいかくとも、なんとか、一つ目の信号を黄色でギリギリ渡りきったというところまでは行かなくては。

さらに、今年はドクメンタの年。写真のクラスのあるNPOが、ツアー組んでくれるらしい。是非参加したいところであるけど、6月出発か。7月なら迷わずというところだけど。
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by stoneroses8010 | 2007-03-28 22:52 | その他
2007年 03月 26日

修了式その2

写真のクラスの修了式。
まあ、一年終わったということで、作品の最後のプレゼンと感想みたいなものを述べる。大人数いるのに、一人一人になったので、えらく時間がかかった。
最後に、総合ディレクターでもある某大学教授が、写真や映像の社会化についてお話された。
この2006年度というのはyou tubeの爆発的普及により、これまで、文字、写真だけでなく、映像がインタラクティブなあり方をもつようになった時代性を指摘された。そして、個人個人が写真だけでなく、映像、文字を総合的に捉え、社会(不特定多数のだれか)に向けて発信し、賛否両論を経て、表現したことにより社会の認識に議論を呼び起こすことが、今後ますます増えてくるだろうと言っていたように思う。
明言はされなかったが、そういった議論を呼び起こすこと、既存の認識、知覚に懐疑を与える変化を「社会化」というコトバを使って述べていたように思う。

疑問に思ったのは、表現するということが、写真だけでなく、映像、文字など多角的にどんどん手段を用いて、インタラクティブな表現を持つ現代性という点である。時代がそうであるとすれば、じゃあ、写真独自の「社会化」やインタラクティブなあり方って何なの?と思った。もし、写真独自にこだわることが時代遅れというなら、みんな映像だの何だの総合化して表現すりゃいいじゃないの。

後で、スタッフの一人が、あれは自分で撮った写真が潜在的にせよ、社会の文脈とどこかでつながっているという意味ではといっていたが、それなら、自分が撮りたいものを撮って悦に入っていることもすでに「社会化」になってしまうし、やはり表現ということは、観てもらって、伝えたいことはちゃんと伝えようと工夫することが重要になってくると思う。
パーティがその後あったのだが、三人、この間の展示で、気になる表現をしていた人がいたので、その人たちといろいろ話できたのは大変ためになった。

あと、スタッフの人とバカ話。写真以外の点でダメだしされた。カッコつけすぎだの、バカになれだの、正直ほっとけと思う。悪気があって言ってるわけではないとわかっていても。
また、今回展示した内容について、なぜという動機面を結構追及する質問も多かった。しろと言われれば出来るけど、動機に関する私的理由まで追求されると少し私にはキツイ。
私的動機なんて、今は必要ないと思っている。
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by stoneroses8010 | 2007-03-26 00:19 | photo
2007年 03月 20日

ビル・ヴィオラ展

やっと観ておきたかった「ビル・ヴィオラ」展を観る。

9つのビデオ・インスタレーション。
観るものに向かって歩いてくる男が、炎に包まれて消えていく「クロッシング」(その裏では、男が洪水を浴びながら形状を消滅させていく)
19人の性別、人種、年齢の異なる人が左右から大量の水を浴びせられる「ラフト」は、まず、作品のコンセプト云々よりも視覚的に魅せられてしまった。
コドモじみたように、おおーっと驚いた後に、色々考えてしまうのである。特に「ラフト」は、水を浴びるまで、互いにバスの停留所でバスを待つ他人同士のようにそ知らぬ顔していた人が、災害のように水に打ちのめされた後、互いに助け合って立ち上がろうとする。もしくは、互いが生きていることを喜び合う。いきなり襲ってくる災害、被害をこうむって、人間が互いを想い、助け合う心の可能性。
「グリーディング」は、街角に立ってしゃべっていた女性2人のうち、一人が知人と会って、あいさつするというものであったが、その展開をスローにして、約10分ぐらいの映像となる。日常によくある(どうでもいいような)場面なんだけど、スローにしているせいなのかよくわからないが、大袈裟に風が吹き、ゴゴゴという音響がなり渡っているけど、やっていることはただのあいさつという、コミカルなものだった。

なぜだかよくわからないけど、今回は観ている人の反応が気になってしまった。
足の止め方に展示する場所やディスプレイの大きさ、椅子に座って見られるかどうかの違いは大いに影響するのだろうが、コンセプチュアルに練りこまれても、視覚的に引っかかるものが無いと、鑑賞への引き込みの差がつくように思われた。
「キャサリンの部屋」「四人の手」も、コンセプトして興味引かれるものだったけど、映像としては、他に比べやや単調で、音もほぼ無く、やもすれば既視的であり、「ラフト」のような、なんだか映画とかで観たことあるけど、じっくり観たことないし、観たいと思えるようなものが、じっくりスローに大音響で改めて正面切って見せられるとやはり立ち止まる。(いや、環境の差は承知なんですけど)
と、極論で単純に思い込んでみると、見た事ないものが見たいのであって、見た事あるものは見たことないように見せればいいのかと思った。
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by stoneroses8010 | 2007-03-20 00:01 | arts全般
2007年 03月 18日

NARA:奈良美智との旅の記録

さてさて、院も無事修了しました。
昨日は、体調やや回復といったところだったのだが、シゴト帰りに呼び出しかかり、修了式やパーティには参加しなかったけど、9時ぐらいから三条京阪で飲んでいた。
(頼まれていた論文集のCDラベルデザインもウケよく、ほっとした)

今日。いろいろ立て込みながらも、病にも冒されてしまったので、立て直す必要があるなぁとゆっくり過ごそうと決める。
大学で借りた本を返しに行く。かつ、必要な書類を数点交付してもらう。
前の職場に搬入関連で借りたものを返しに行く。面倒見ていた学生らもいたので、長居してしまう。
そして、映画を観る「NARA:奈良美智との旅の記録」
AtoZまでのドキュメンタリ。AtoZ展(青森)での奈良とボランティアやgrafとのやり取りの過程がクローズアップされると勝手に思い込んでいたが、そうではなく、AtoZまでの奈良のワークや足跡をたどるものとなっていた。
小屋と作品の仕上がりを上手に映像として押えているも、やはり、実際見たものとは違いが出てるなぁと感じる。これは仕方ないこと。
大阪と横浜で実際に見たけど、それは小屋の中で作品に対峙する時間と空気を含めて作品なのであるから。そう考えるとこのワークは「いま-ここ」が重要になってくる。
展示的機能を有する空間に、「いま-ここ」空間を演出する小屋を作り、そこで作品があたかも、その小屋に以前からあったような、いわば、イコン的存在のように位置する。
一回性を展示するような感覚。
奈良は自分自身のワークが外部へのレスポンスや変化への期待で続いているのではなく、自分の内部を出し絞るためと言っていた。
それは続けるということを高める動機になりうる。また、出し絞るものは、出したものによって受ける環境が、また自分にインパクトを与え、出し絞るものや量を変化させるかもしれない。自分で妙に、ああ、そういうことだったのかと納得してしまった。
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by stoneroses8010 | 2007-03-18 00:04 | 映画
2007年 03月 15日

またもやインフルエンザ

今年度は大丈夫やろなぁと思ってましたが、やられました。
これで5年連続。予防接種もムダでした。来年度は受けません。

2日前から体調悪いなぁと思っていたら、その日の夜に案の定発熱。
どんどん上がる体温。はじめて体温40℃を経験いたしました。
昨年度にとりおきしていたタミフルもなかなか効いてくれない。
昨晩遅くに、ついに我慢ならず、自宅より徒歩一分の病院に電話で診察が可能かどうか確認して、駆け込む。

解熱剤や吐き気止めを処方してもらって(もちろんタミフルも)、自宅で数時間寝込みようやく人としての判断力を持ち始める。

若いときはなんとか自力でも持ちこたえることができるんだろうけど、年を取ると生死にかかわるんやろなぁと実感。未来の自分の死因をなんとなく悟った。
新型インフルエンザなどが流行しだしたらイチコロだろうなぁ。
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by stoneroses8010 | 2007-03-15 21:48 | その他
2007年 03月 12日

これから(回復)

一週間続いた写真展が終わった。
各方面から友人やお知り合いの方に駆けつけていただき、観てもらい、ありがたい限りです。
写真の見方は人によって当然異なるもので、自分が気づかなかった視点を提示してくれるときもあり、それに感心したり、笑いあったり。
来年度以降については、最近悩んでいるところもあったのだが、話の流れで、いろいろ聞いてくれてアドバイスをもらったり、また、聞いてくれた人も進むべき道に悩みがあって、それを話してくれたり。
幸せだとホントに思った。

写真には一瞬で膨大な情報を暴露する性質があって、それはコトバなんか超越する。
狙いの一つとしてそれがあったのだが、果たしてできたかどうか。
それは、これからということで

ギャラリーにお越しいただいた皆さん、ありがとうございました。
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by stoneroses8010 | 2007-03-12 00:07 | photo
2007年 03月 08日

たとえば

ありとあらゆる選択がある。
それは、たとえば、単一選択の場合もあれば、いくつも選択が選択できるときがある。
Aを選択して入手することができ、次にBを選択して入手することができれば問題ない。
ただ、Bを取りこぼす時もある。となると、次に優先順位の高いものを選択しようと切り替えることができるだろう。

ただ、それはアタマだけの話なんだな。言語化するとどうなるのだろ?知覚?認識?
どうでもいいや。
要は、そんな単純にできてない。

こりゃ、ヤバイな。
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by stoneroses8010 | 2007-03-08 23:47 | その他
2007年 03月 04日

そういえば、あまりご飯を食べていない。

長い金土日が終わろうとしている。ホントに疲れた。

金曜日。
午前から、来年度のための面談その2へ向かう。その方は、ベンヤミン研究のオーソリティ的存在でもあるので、そのへんの話を色々する。写真やってる、もしくは写真研究を深めるなら、ベンヤミンぐらいは知っておけということである。複製技術における芸術的展開云々という論説が有名だが、それだけでなく、日常の上の知覚とそこから生まれる視覚芸術について深く洞察したものだと思う。
いったん夕方に帰宅。来年度のための面談その3を軽くこなす。バタバタしすぎて、このまま帰るのも癪だったので、レイトショーを観て日付が替わったころ帰宅する。

土曜日。
友人の結婚式。祝儀の準備、場所の確認、服はどうするかなど、何もしてない。早起きして、その辺りの準備をこなす。車をすっ飛ばして、帝国ホテルへ。道中、覆面がうしろにつけていて、ランプを回されたが、停車を強制されなかった。なんだったのか。威嚇?
15時すぎまで、結婚式。友人には来週からの写真展のDMを渡しておく。
終了後、あわてて退席して、工房へ。作品の一部を引き上げる。工房の人と軽く雑談。あなたのとこのクラスの人たちが、駆け込みで、作品をもってきて大変だと冗談交じりにいう。あはは、すいませんとかわりに謝っておく。
明日の搬入に必要な用具類の一部を前の職場に借りに行く。道中、事故があったため、いたるところで渋滞。抜け道を見つけながら進むも、30分の距離を1時間30分かける。
前の職場で用具類を借り、ここでもDM渡して、来てねと言っておく。久々にお会いした方もいらっしゃったので、話がもりあがり、長居する。
その後、急いで、搬入に必要な道具をホームセンターへ買いに行く。実家へ戻り、退院した父親を見舞う。
その後、DVDを返却して家に帰ると日付が替わっている。

日曜日。
午前は、雑事全般とカーショップで車のメンテ。それからすっ飛ばして、ギャラリーへ。
搬入、ライティング。自分だけの作品をセッティングして、はいさよなら、というわけにはいかないので、他の参加者の手伝いもする。
祭りの前のような感覚が楽しい。
夕食食べず、立ちっぱなしで気づいたら、21時近い。片づけして、車のなかでいろいろ考えながら、家に戻ると日付が替わってなく、なんだか安堵する。
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by stoneroses8010 | 2007-03-04 22:52 | photo