確証はない。それを信じるしかない。

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2007年 12月 29日

さらに12月は続く。

さらに12月は続く。
いよいよ大判を持ち出す。
次の日にカラープリントをする予定だったので、印画紙、薬品買いこんでまず学校のほうへ。
そこでは、クラスを通じて知り合ったOさんやYさんらがいて、暗室で作品を仕上げているところ。そこによくお世話になっている写真家でもあり、私の先生でもある方が通りがかり、大判談義。タブーをいろいろ教わり、露出計貸してやるからそこらで撮っておいでとのこと。そこらでといってもあまり撮るものもないしなぁ。まあ、無下に断るのもなんなんでそこらで2枚ほど。まだまだ勉強せねばなぁ。

夜からは、前の職場でよくしてもらった方の通夜。まだお若かっただけにショックでした。

次の日。久々のカラープリント。すこし自分で手を入れておきたいものがあったので。
前半はクラスメートが2名先に焼いていたのでお邪魔する。やっぱり人と一緒じゃ、しゃべってはかどらない。最後のラスト2時間で集中したが、ここでショッキングなことが!
展示で使おうと思っていたネガに若干の傷がついていることに気づく。これは明らかにラッキーのネガキャリアのせい!悶絶する。
夜中から暗室に入る友人がやってきたので、少し談。アントワン・ダカタがラットギャラリーで展示やっているのだが、それが面白そうだという。さらに堂島ホテル近辺に量は多くないのだが、様々な洋書が揃っている店があるという。いつもながら彼の情報量に感心する。

月曜は、なじみの工房に、傷ついたネガなんとかならんかと修復依頼。まあ、このくらいならなんとかというむ微妙なところらしい。とりあえず大四つ程度に焼いてもらうことにした。一方で堀内にデータ渡しのラムダプリントが仕上がっているはずなので、引き取りに。ためしでやったわりにはなかなか調子がよい。
久々に映画。「転々」
三木誠とオダギリジョーの「時効」コンビ。
相変わらずしょーもない小ネタ多し。テレビなら受け入れること出来たのに、映画では鬱陶しく感じるのはなぜだろ。ただ、今回は「図鑑に載ってない虫」よりは、物語の筋がしっかりしており、「家族」を中心としたテーマ設定だったので、それなりに見れた。

木曜はウィルスにより発熱、腹痛。耐えて職場へ。帰り病院で点滴。インフルエンザかと思った。一日で原状回復する。

週末。東京へ。今年はよく行く。とりあえず傷つけたネガの念のための取り直しがメイン。
あと、原美術館でやっているピピロッティ・リストの個展がどうしても見たかったので。
ピピロッティ・リストは11点の映像作品。タイトルも色々凝っていたのだけど、リストなくしたので忘れてしまった。
床のほんの小さな穴で、リスト本人が天を仰いでこちらに助けを求めているもの。
壁一面を使った大きければ良しというのではなく、中身と映像の大きさが合致し思わず見入る。
大人の体でさえもあまりある大きいソファにすわりととてつもなく重いリモコンを使って映像をみるもの。
子ども時代にすべてのものが大きく見えた記憶がコンセプト。映像もすごくわかりづらいものから、エロティックなもの、映像のスピードが速いものなど、子どものころ、映像を見てもなにもわからなかったころ、こちらが見るという行為すらも「記憶」として定着させようとする作品。
シェードをかぶった柄の長いランプ。そのそばに一脚の椅子。そこに座るとシェードのなかに潜んでいる小型のプロジェクタから膝に向かって映像が流れる。膝に照射された映像はズボンの布地といい具合に交じり合い、不思議な感覚になる。ずっとこれまた見入る。端から見れば、自分の膝を椅子にすわってずっと見ているのだが。

女性がよくわからない巨大な土筆のような植物を抱え、街を歩き、路上駐車の車のサイドミラーをどんどん勢いよく叩き割っていく。その隣の映像は「土筆のような植物」が生えている穏やかな映像が流れる。暴力的なような、植物の穏やかさのようなよくわからない感覚を覚える。
とにかく、すべてに見ごたえがあった。映像やっている人は見ておいたほうがいいと思う。

その後は、撮影。寒い夜、2時間耐える。まだ病み上がりなのに。

次の日。
午前中は、写美へ。土田ヒを見る。「俗神」「ヒロシマ」「砂を数える」などのダイジェスト版といったところ。
一番目を引いたのは、カラー版の「続・砂を数える」。デジタル補正がかけられており、それがなにか非現実的な気分にさせ、人のあふれ返り、振る舞いが記号のように見える。空が現実感を失えばこんなに作り物のように見えるかがよくわかる。無論、土田さんはそのあたりを計算に入れており、デジタルと公言するから楽しめる、作品を成立させるものがある。おそらく、35で撮っていると思われるので、当然周辺や遠景の建物がひずんでおり、不自然であるが、人がメインとなっているため、そう目立たない。ひずみを受け入れるってこういうことなのか。
彩度がきつく明るい。

2Fは、「スティル・アライブ」展。新進作家の四人展。
屋代の「回転回」シリーズはここで集大成したようだ。壁一面の作品、中央にメイキングの映像。一番目を引いたのは、大橋の「海」とバンコクの女性のシリーズ。どう目を引いたのかというと、それは展示の方法、なんの脈絡のないようなものをこう絡めていくのか。

二つを見終わった時間が映像ホールでやっていた「マグナム」のドキュメンタリーの上映時間とピッタリあったので、観ることにした。内容は、マグナムの今。どう歩み、そしてどう進むべきかということテーマにをマーティン・パー、ルネ・ブリ、イヴ・アーノルドらのインタビューとともに明らかにしていく。
作家たちが、外に出て行って撮るシーンも多かったので、なんの機材を使っているんだろうということや手順に目が行った。
マグナムは単なる報道写真家集団でなく、時代、社会に対して、様々なアプローチで人間の喜怒哀楽、それを取り巻く環境を表象化する。
写真としての表現が多様化するなか、その根本的なテーマを保持しつつも、新しい個性を求める。マグナムの年次総会の映像にそれが見て取れた。マグナムの進む方法と個人的信条が合致せず、脱会するものもいるが、組織と個人の問題で、作家としてのベクトルはそう外れたものでもなかろう。
マーティン・パーの被写体へのアプローチは、なかなか面白かった。

その後、目黒区立美術館でも面白そうな企画展があったが、ちょっと遠いのでスルーして、表参道のラットホールギャラリーでアントワン・ダカタを観ることにした。アントワンのスナップはフォルムなどが特定されない。自分が夜をさまよい歩いているような目の記憶のようである。展示は一面が3枚の巨大な(商品用の)もの、次の長辺の一面に 四切程度のスナップ群。女性、建物、動物などのがランダムにフォルムを明確にせず、うごめく。35かな。もう一面は、その続きを想起させるものもありながら、建物を非現実的に捉えたもの。大判だと思われる。黒フレームのマットなし、アクリル。
建物はそれを隙間なく、横一列に10枚ほど並べる。これは、一転してフォルムを見せるもの。
この人もマグナムの準会員かなんかで、建物とバーチャルな人を配置するデジタルの作品は、マグナムで物議をかもしたらしい。
乱雑に撮っているようだが、すべての技術を熟知していると思われる。

外はすでに暗く、雨も激しくなってきたので、東京に戻り、駅構内を所在無くフラフラ。古書店があったので入り、そこでアンテナにかかる写真集を見つけ購入。帰路へ。

総じて、12月はいろいろホントあった。まだ、終わってないけど。生涯で一番長く感じた12月。
体調壊したり、会えると思っていた人との予定が未定になったりとツイてない面もあったが、忘年会などのしがらみなしにしていろいろ向き合うことができた。
いよいよ年末か。
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by stoneroses8010 | 2007-12-29 17:48 | arts全般
2007年 12月 14日

密度濃い半月

とにかく、密度が濃い半月だった。この半月はモノを見せるということを中心にし、その結果、自分が作り出してきたものの弱点が一気に露呈した。少しショックを受けた反面、前進を肌で感じた。

今月1日からそれは始まる。ニコンギャラリーであの敬愛する畠山直哉さんがポートフォリオを見てくれるというので、さっそく参加。写真のクラスメートも一人参加していた。畠山さんは、予想した以上に論理的で、かつ整然としており、その言葉運びに、よく陥りがちな感情的かつ抽象的表現は一切使わず、丁寧に一人一人の作品に指導していた。
私の場合も、いろいろ指導していただいた。その内容は、ここでは書かない。ただ、一言一句聞き逃さないためにICレコーダを忍ばせておいたので、その内容は自分のなかで明瞭にわかっている。
大きかったのは、自分が実際に撮る際に見ているイメージ(表象)と、紙に移行した表象との違い、それがどう移行していくのかを考える訓練が足りないということがわかったことだ。これは、偶然性をも加味した作品なら、どうかと思うが私の場合は、こういった訓練は必要不可欠だと思う。
あと、線の処理。概念としての直線というものは、この世に存在しない。だからこそ、表象上の線をどう受け入れ、どう拒絶していくのか。フォーマットを四角とするならば、それは必須の命題といえる。
因みに、畠山さんは、不遜かつ、もの言いが独善的な人に対しては、徹底的に掘り下げ論破していたところが爽快だった。なにかを伝える、それこそ、世の認識を変える大仕事をするならば、ビジュアルイメージであろうとなんであろうと言葉も使えて当然なのだな。それでかつ言葉を超えなければならない。
とにかく大きな大きな一日だった。

次の日、写真のクラスで飯沢さんが見てくれるというので、朝早めに行ったにも関わらず、昼前に見せることになった。画像(線)の処理、切り方がどうなんだということだった。昨日のことがなかったら、内容があまり明瞭でなかったため、消化できなかっただろうが、このとき、なにが欠けていたのかということが、パズルのピースが組み合わさるようにおぼろげに見えてきたようだった。
機材もそれ様に変える必要があるというのは、顔なじみの写真家の方から再三言われてきたけど、自分はそうじゃないだろと思って無視してきたが、そうでもなかったとわかり、さっそく午後から、シノゴの中古を探しにいき、情報収集。
もうかなりくたくただった。

月曜から、なじみの工房に支払いとこんなことありましたと談。ここなら現像、安くできるよ、ウチならこれくらいでやってやろうかとかいろいろ。ありがたい話です。さらに、通常のプリントで修正が効かないものはデジタル化して、すこし補正。これをどうするか。ラムダプリントをやったことがないので、テストプリントでそのシリーズは、ラムダに移行するかも。そんなことを試行錯誤しながら、週末、結婚した職場の気の許せる後輩を友人数人とお祝い。リラックスできたとき。お幸せに。

土曜は明日用のサムネイル程度の写真をつくり展示構成する。

日曜に写真のクラスに行って、午前中は、3月の展示のDM撮影と夜からパーティをするので、その買出し。文化祭前の準備を思いださせるこのワクワク感。ああたのしや。
展示についての最終調整。結果、点数少なめで行くことにした。確かに今回は、準備期間もさることながら、まだ自分で納得できない部分がコンセプトにも造形にも多少あったので、こんなものかと思ったり。ただ、量が増えれば質は必ず上がるものであるので、乞うご期待。いろいろやることも注文付けられた。あ~。
夜はパーティ。もうしゃべったし、聞いたし、久々に自分を解放気味にした。
そのほとんどが写真の話。作家としてのスタンス。つまり、つくり手として、観者にどうあったらよいのか。ストイックに作品を突き詰めるのか。それともまったくわからん人にもわからせるとてつもない努力が必要なのか。これは二者択一というのでなく、複合的問題でもあるし、この二つの道筋の立て方だけでもない。私は、つくり手と観る人のリテラシーの差(果たしてこれが正しいのかどうかわからんが)を埋め、享受層を増やす努力を作り手だけでなく、つなぎ手もしていかなくてはならないと思う。日本の写真表現って飯沢さんも行っていた世界的にかなり多様な国だと思う。(ただ、評価軸は相変わらず硬いが)たとえば、クラインのようなもの、アレブレボケもあれば、ベッヒャーやグルスキーを想起させるもの、ティルマンスに続くものもいれば、蜷川実花のような色彩で攻めるものもいる。それだけでなくいろいろ。だから、日本の写真家の写真集は本当に見ていて楽しい。だからこそ、その努力をしていかないと正直、もったいないのである。
ドクメンタの話、とある写真家の話。互いの作品の話。(ここで、あなたのコンセプトの立て方は、いつも感心すると評価され、ちょっとうれしくなる)
芸大出身のコは、芸術系ばっかり社会的視野がなかなか広がらない。だから、芸大出身であること、そうでないことは一長一短だといっていた。そういえば、井上雄彦さんも、マンガ描こうと思って、マンガ部に入ろうとしたけど、漫画ばっかりしかやらないので、これはダメだと思って、バスケはじめたというエピソードがあったな。やはり視野の広さは必要。それが遠回りだとしても。
写真家の先生は、複数のシリーズの同時進行はやったほうがいいと言う。なにが自分のアンテナに引っかかるかわからんし。それは同意だな。
思い返しても、いろいろ話したな。帰りにちょっと話しすぎて後悔したと友人に漏らしたくらいに。

そして、次の日は、シゴトをさっさとすませて、友人たちがグループ展をやっており、オープニングパーティに呼ばれていたので、それに向かう。40分ほど遅れたが、ギャラリー内はすごい人。一つ一つの作品を見るのもしんどい。基本的に売っていくこと、新人を紹介することというコンセプトがあるので、写真をあまり知らない人が見ても楽しめそうなものがならんでいるなって印象。
なぜか、私が大判に触手を伸ばしつつあることが、久々に会った友人にも筒抜けで、それらの話や、畠山さんの話など。
中抜けして、友人と3人で、食事。
以前の金村さんとの飲みに最後までついていったという友人は、私が抜けたあとさらに金村さんはすごいことになっていたらしい。(ここで書けないぐらいの暴露。痛快!)
バイテン使いの友人にいろいろ大判で話を聞く。もううなづかされる話ばかり。

で、翌日。意を決して、ヨドバシをちら見したあと、目星の店でシノゴを見せてもらう。中古で一ついいかもと思っていたものがあったが、店の人自らこれはやめときという。(なんで売っている?)
一式が必要だったので,ルーペやカットフォルダを安くしてもらっているようだが、新品の単価がいまいちわからないので、比較しようがない。よって、見積もりだけ書いてもらって、ヨドバシでいろいろ価格を聴取する。そこでは、大判に詳しい店員がいなかったので、あまり詳細な回答はもらえなかったけど、知りたかったことだけ把握する。やはり最初にいった店の値段は、中古品が混じっていたとしてもかなり安いとわかり、再度、その店へ向かう。少し待った後、レンズやカットフォルダを調整してもらって、使用法等いろいろ聞く。クイックロードの中古もあったので、負けてもらって買っておく。いい買い物をした。

その日以降は、整理しきれていないネガが山のようにあったので、その整理。
家のこともほったらかしだったので、その対応に終われる。配達記録で届いたものすら取りいけてないというありさま。
実家で少し栄養補給。
カットフォルダにフィルム装填し、週末は一ヶ月ぶりに撮りに行く予定を立てる。胸が躍る!
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by stoneroses8010 | 2007-12-14 23:00 | photo