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2010年 01月 21日

レビューその後

ポートフォリオレビュー行ったり、ツィッターで遊んだりで、いろいろ浮気してました。
ステートメントを作っていったが、受け取り方が(当然)様々で、説明的に感じたようでもあり、
なにを当たり前のことを言っているのという反応であったり。なかには説明を聞いてちがうと思ったであったり、
おぅおぅ、わかるという反応もあったり。

ステートメント発展の欧米スタイルを推奨するものもいるが、英米式の論文がこうだから、日本もこうあるべきという「世界標準」主義は、まず信用してない。

ステートメントでその形の土台(こんな生き方しているぜ。みたいな)を示しても、それと表現する形の筋の通りかたにまず神経が行くと思うので、
あまり有効とも思えない。

とあるレビュアーの方に、見せながら、こうだと説明したら、もっとそれ以上のことを言ってほしいという感じだったが、ずっと写真を見返しているうちに、うーん。それ以上のことはこっち(見る側)が考えることなのかもとおっしゃっていた。

なんかこれがひっかかっている。つまりは、伝える核なるものが仮に存在するなら(そんな単純なものじゃないのだが)、言葉は、その外縁をなでるイントロダクション的なものなのでなないかと思えてくるのだ。


他は、
自分が大判を使っている意味が、少しわかった。
最初は、ピントグラスを見る姿勢がモノと対峙することと類似しているため、フィジカルの一致がそこにあると思っていた。これはあながち、間違っていると思えないが、すべてでなかった。
大判で撮るという姿勢は、反射で撮る姿勢と異なり、撮影している意識が高い。
撮影までのプロセスが多く時間がかかるためだ。
だからここで、入力と出力という意識の違いがより明確になる。

私は出力に、スケールというものが頭にあった。
「撮ったイメージを見せる」というよりも、「撮った物質によって、与えるもの」がフィニッシュとしてあった。
だから大判で撮ったものは、そのスケールが伝わるように、試行錯誤した大きさに仕上げる。
そこで、ボケがあってもディテールが崩れてはいけないので、より細密に見せる機械を選択する。
(2月に展示するものの説明は、フィジカル的なコメントを書いたけど)

あと、「反射」という意味。
若手の作家が好んで使っているが、実は7割の人には伝わらない。
「反射」って何って言われる。

私の場合は、名前を呼ばれたら、自分が呼ばれたと思って振り向く行動と似ていると思っている。
これがやっかいで、名前によって、立ち上がる主体は異なってくる。
生活のなかでも、呼ばれ方によってそのとき、その場のアイデンティティが立ち上がるように。

名づけられることによって、その名前の生が立ち上がる。
私と世界のかかわり方はそんなもので、そのレスポンスが反射であり、その呼びかける側が被写体となっている。(んじゃないか?)
その時に呼ばれる名前は、私の中心に近い名前であり、それに対して振り向く、ような。
振り向くということから撮るというような。



アサヒカメラの竹内さんの言葉、いいな。
まだ見ていない無数の光景につながるという件が。
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by stoneroses8010 | 2010-01-21 22:53 | photo
2010年 01月 18日

とにかく動いている。

年末から年始にかけて、いろいろ。
とにかく、動いている。正月感ゼロ。
食べた餅、1個。

たったいま、ヨコハマから戻ってきたばかり。
オフィシャルのwebも作ったばかり。
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by stoneroses8010 | 2010-01-18 00:38 | photo